第十七章
『これより、神意裁判の結果を発表する……』
ディスコルシア正教会教皇の声が天乃原全区画に響いた。
同時に天乃原東部が直下型地震のように中空で身震いを起こした。
鉄の残骸を落下させながら、天乃原の一部が盛り上がった。
一個の強靭な意志を象徴するかのように、二等巡洋艦ディスコルシアが天乃原から浮上した。
東地区で休んでいた鳥たちが跳び離れて逃げる。
空では航空艦隊である桧珂偽が率いる飛行艇の群れが、ディスコルシアの艦体を迎い入れる。
『これより、異端と認定されたエデゥル派の討伐に向かう。神の意のままに』
二等巡洋艦は飛行艇らを引きつれ、空に浮かんだ。
マッド・ボマーが撃ち落とした一つの塊がクジラとは違う人の形を取った。
「奇術師」錫羽羅が大樹に身体を呑み込まれかけながら、姿を現す。
「……てめぇ、まだ生きてたか!?」
風唯は舌打ちした。
「解導因子は滅びない。何故なら、風唯、貴様が叩き潰したという記録が残っているからだ。精々生き残り、我ら解導因子の名を広めろ」
「……それが『奇術師』としてのカードかよ」
半ば呆れつつも、Lショットを飲んでいた風唯の全身が総毛立った。
「力を世界に示した。おまえが生きている限り、解導因子の存在は忘れられない」
大樹は粉々に砕けて行った。
その塵が、軌音の頭上にいた風唯本体に吸収されてゆく。
錫羽羅も形を失いながら、ニヤリとする。
「……もう一度、見せてくれ。力を……俺たちを殺った力を……」
「何だ?……動かない?」
扶壬は少女の身体に力をいれつつ、言った。
「風唯、アレはおまえのモノだ」
汽御離がスーツの上を片手で払っていた。
瓦礫とイマジロイドたちを使って構築されたクジラらが咆哮を轟かす。
「……あー、そうかい。扶壬、だそうだからそろそろ返してもらうよ」
風唯はリヴォルバーを己のこめかみに当てた。
引き金を引く。
弾かれるように、風唯の頭は身体ごと左側に崩れる。
扶壬は次の瞬間には、瓦礫の山の一部に倒れていた。
代わりに風唯の身体には、彼女のパーソナル・サイドが瞬間転移し、ゆっくりと地面に降り立った。
皮膚はところどころ破れ、中に流れる管が多数蠢いているのが見せる。
巨大な分銅が真っすぐに風唯の額めがけて飛んできた。
手袋する必要のないイマジロイドとしての両手を使い、出現させた大鎌が分銅を叩き落した。
眼前に疏南の顔面が近づいた。
持ち上げるように、手にした斧をすくい上げる。
大鎌の柄が引かれ、刃の近くで手を握り、小さな弧を描かせる。
手斧と、大鎌の刃は互いに弾き合った。
疏南は一旦、手斧の柄を離して鎖を手の中で滑らせながら、左の上段蹴りを繰り出す。
身体を反らして、風唯はかわす。
鎖の手に力が入り、今度は手斧が砲弾のように真っすぐに風唯の顔めがけてくる。
風唯は、大鎌で鎖を叩き斬った。
手斧はどこか違うところに伸びて行った。
その前かがみになった一瞬に、カトラスを抜いた疏南が上から振り下ろそうとした。
シャボン玉が幾つも浮き上がり、カトラスにまとわりつく。その中身は水銀だった。
カトラスが水銀の塊を幾つも叩き割ったが、途中で勢いは消えていった。
大鎌の中央あたりの柄を両手で持ち、回転でカトラスを弾き流す。
同時に柄の石突きを地面に立たせて、軽く体を浮かせた風唯は、落下するスピードに乗せて疏南の腹部に膝蹴りを喰わらせた。
疏南が前のめりになりると、その右首に強烈な拳が叩きつけられて、地面を転がって行った。
汽音と疏南から風唯は一気に距離を取り、態勢を整えた。
空気が振動していた。
クジラではない。
もっと重量のある塊が近づいてきていた。
いきなり、第十八区画の壁が崩壊し、突き出たかのように第二巡洋艦が半分ほどの身体を中にねじ込んでいた。
『異端者よ、その罪を恥じるが良い』
ディスコルシアから教皇の声がした。
砲門が開き、前部に装着していた砲身から轟音が響いた。
幾本もの線条が走る。
扶壬がいたところと、汽音と疏南の位置で爆発が起こった。
『大樹八区画のイマジロイドたち、生き残りたくばこちらへ来い」
その声と共に、共振が起こった。
マッド・ボマーが、二点の中央でクジラを構築始めたのだ。
扶壬と疏南の身体がクジラに呑み込まれ、一つの生命体として巨大な姿が現らわれた。
「……汝ら、目覚めよ。我こそが天乃原の救世主。これより天乃原を罪深い闇のなかから明かりを灯さん」
首が長く、両手両足の野太い巨体から、扶壬の声がした。
地面に接続子のワイヤーを埋めて中を走らせていた汽御離は、クジラの側で黙って座っている軌音を捕らえた。
「……眼が、見えないのか……」
汽御離は意外さに声を漏らしていた。
クジラに艦砲が向けられる。
「風唯、扶壬達は、あの巫女が引っ張ってきている」
射撃の爆発音と共にうなづいた風唯は、汽音のそばまで一気に距離を詰めた。
「……そこにいるのは誰でしょう?」
軌音は腰を下ろして座りながら、不思議そうな顔をした。
「救世主様だよ」
風唯はリヴォルバーを彼女の頭部に向ける。
微笑んだ軌音は、軽く両腕を開いた。
「お待ちしておりました」
風唯は引き金を絞った。
弾丸が一発、額に当たり、軌音はそのまま後ろに倒れた。
艦砲から幾条の光りが走りクジラに命中すると大爆発を起こし、泡立つかのように身体が崩壊していく。
「……アウトフレームごときが。何が予言者だ」
風唯は崩れるクジラを眺めつつ吐き捨てた。
『神意は我と共に』
教皇が勝利宣言を行った。
椅子に座り、グラスとウィスキーの瓶を脇のテーブルに置いた維蕪祥涼の目の前に、端譜菜が立っていた。
「そんな顔しないでもらいたいな。こちらはちゃんと手を貸したじゃないか。クジラを生成するマッド・ボマーを使って」
張り詰めていた空気が、端譜菜が身体の力を抜いた時、氷解した。
「あなた方は権力を手放す気はないでしょ。しかし、あたしもありません。こちらはすでにイマジロイドの楽園計画を行い、天乃原のイマジロイド全ての救世主として、役割を果たさせて頂く」
「エデゥル派の楽園か。ディスコルシアが良く黙ってるな」
「反対である意志の宣言はしたけど、実質、エデゥル派全てを粛清するなんて、無理な話よ」
「なるほど。で、姫様はそこで女王にでもなると?」
「仕方ないからね」
いう割に楽し気だった。
「これは、私が地球に連絡でもつけないと、纏まらない話だな」
やれやれと、祥涼は息を吐き、グラスを傾けた。
「あたしのところは反地上でもあるから、そんな話になったら真っ先にあなた方を潰すために動くわ。我ら等がどうなろうとも。主義主張のために、全能力を使ってね」
グラス越しに一瞬目を光らせて、祥涼はグラスをテーブルに置いた。
「……面白いじゃねぇか」
そこに、緯麻が眠そうな顔をして、ソファの裏から上体を出した。
「あら出荷屋さん、こんにちは」
端譜菜はあくまで明るい。
「……ウチの商品が野生化したみたいだなぁ」
「本来の生き方に戻っただけよ」
「へぇ……それはめでたい。東京もさぞ喜ぶだろうねぇ」
他人事のような緯麻。
祥涼に軽く横に手を振ると、再びソファの裏に引っ込んだ。
「……不快だが。わかった。我々はおまえらに攻撃の意思がないなら手を出さない」
緯麻の一言で察した祥涼は、すぐに考えを改めた。
今、イマジロイドたちを殲滅しようとも、東京の防衛部隊がそれに付け込んで来たなら、祥涼の権力も危うい。
ここは一時停戦状態にして、権力基盤と戦力を増してからの話にした方が良い。
「ご理解いただけ、嬉しい限りですよ」
微笑みながら端譜菜は言った。




