第十六章
第十四区画。
ここは一区画を隔てて第十八区画へと連なる場所だった。
岩と砕けた砂の砂漠が広がる荒野のような地形をしている。
その赤茶けた焼けつくような日差しの中、輝くような純白な塊があった。
白いジープ群に、白いコートと緩衝服を着こんだ一団。
ディスコルシア騎士団だった。
副団長の師戒は、事態の変化に独断専行で自分の部下五十人を連れて、この区画に出張って来たのだった。
このままでは、ディスコルシアが否定されかねない。
悲壮な危機感だった。
ディスコルシア否定は、そのまま天乃原の存在否定である。さらには、自身の否定だ。 部下たちは決死の決意をしたものだけを厳選していた。
上層部に掴まれた気配はあったが、邪魔はなくすんなりと彼らはこの場に集まっていた。
バレルが太く角ばった量子場形成砲を主に、副武器は柄の長めの手斧である。
地平線に、砂煙が上がるのが見える。
師戒が存在を賭けて葬るべき相手として選んだ、解導因子だ。
空気を揺らすようなエンジン音をふかし、黒とオレンジのジープが軽く横を向いて停まる。
開かれた運転席のドアのむこうに、灰色のコートを着て漆黒の瞳をした深模流が、太ももの上に刃の厚い鉈を一本置いて、師戒に笑んで見せた。
師戒はその雰囲気で全てを察した。
すでに決していた。
だが、そんなものは関係ないのだ。
巨大なタイヤのバイクが猛スピードで騎士団の方陣に突入してくる。
「奇術師」錫羽羅だ。
量子場形成砲を構えた騎士がトリガーを引くまで間にあわず、緩衝服を引きちぎられながら吹き飛んだ。
「戦闘開始ぃ!」
師戒が吠える。
バイクに散らされた前列が副武器の斧を手に一斉に深模流に向かい、その後ろでは量子場形成砲を構えた。
ジープの後輪が砂を飛ばして回り、一気に騎士団の塊の右翼側面に回る。
移動前に深模流がいた場所を、量子場形成砲から発射された渦のような束が幾条も通過する。
深模流はジープから飛び出して、鉈を銃砲を構える団員たちに容赦なく振るった。
彼女が数歩進むごとに騎士たちの切断された四肢が血と共に跳んで行く。
銃口が狙いを集中したかと思うと、彼女の姿はかき消え、彼等の背後で一人の騎士を袈裟斬りにしていた。
その刃は空間をも断絶し、延長上にいた数人の身体を断った。
瞬間転移を繰り返す深模流を捕らえられず、一人、また一人と鉈が騎士の身体を叩き潰すように斬り捨ててゆく。
師戒は舌打ちした。
アウトフレームの能力が加わった深模流に、騎士たちは手も足も出ないでいたのだ。
深模流本人は鉈を振るっているだけである。
アウトフレームを出して操っているモノがいる。
後ろでバイクにまたがったままの「奇術師」錫羽羅だ。
「一隊、錫羽羅を狙え! 残りは距離を取って全力で防御!」
バイクのエンジンが凄まじい音でふかされる。
量子場形成砲の軌道をタイヤを滑らせながら回避し、距離を取って騎士団員を紛らわせる。
その間、深模流は鉈を振るい、犠牲者を次々と出していた。
師戒は斧を手に、深模流の前で構えた。
ニヤリとした彼女は、鉈を一閃して、距離のある師戒のいる空間に斬り込みを入れる。
飛び退いて避けた師戒は、一気に距離を詰めた。
鉈と斧が互いに弾き合う。
共振音が起こった。
深模流は後ろに飛び退く。
「新手か!?」
空気が打ち震えるようにして、砂漠に倒れた騎士たちの姿が集まり、膨らみ、ぐちゃぐちゃに融合していった。
巨大な顎の奥から咆哮が起こる。
そこには、太い足と長い腕を垂らしたクジラが出現していた。
「……高みの見物したかったんだけどさあ。師戒のにぃちゃん達があっけなさ過ぎてねぇ」 丘の上に、風唯がしゃがんでいた。
傍に、「闇医者」と呼ばれる汽御離が場違いな上品さで立っている。
「見物したけりゃ、手を出してくるな!」
師戒は前面にあらわれたクジラ越しに怒鳴った。
「感謝して欲しいぐらいだけどね。目の前で死んでくのを眺めているの忍び無いじゃないか」
深模流は、クジラから距離を取った。
いや、正確にはクジラの位置が気付けば後方に移動していたのだ。
錫羽羅か。
風唯は、リヴォルバーを手にして、左手の手袋を取っていた。
そこには、有機繊維でできた、人工の手があった。
彼女も身体の一部はイマジロイドだったのだ。
眼前に鉈を振り込んだ深模流が現れた。
風唯は、蜜圧最大限の気泡を幾つか出現させて跳び退く。
打ち込まれた鉈は、気泡に動きを取られ空間切断もできず、途中で止まった。
「……ほぅ」
深模流が楽し気な声を上げる。
クジラは錫羽羅が乗ったバイクを野太い腕で払おうとした。
回転させたままの前輪を浮かし、錫羽羅はそれを受ける。
一瞬、腕は弾かれたが、すぐに第二撃を繰り出してきた。
錫羽羅は一笑する。
クジラを構成していた騎士の数人を四方に飛ばす。
いきなり身体の軸が消え、クジラはよろめいて倒れた。
錫羽羅はバイクでその頭に突っ込み、粉々に砕いた。
彼のバイクに生き残った騎士たちが殺到した。
バイクが突然にバラバラに四方に跳び、騎士たちをなぎ倒した。
バレルの長い拳銃を持ち、錫羽羅がその中心に立っていた。
汽御離は接続子のワイヤーを蜘蛛の巣のように自己と風唯の眼前に張り巡らせた。
深模流の鉈がそこに撃ち込まれる。
切断されたワイヤーの空間をすぐに別のワイヤーが伸びて繋げる。
深模流は丘の足場に鉈を振るった。
地面が割れて、浮き上がった部分が砕ける。
そこに風唯も汽御離もいた。
ワイヤーのネットが二人を受け止めた。
その上から深模流の鉈が振るわれた。
風唯は脚を伸ばし、深模流の肘に乗っけて、腕の動きを止めた。
顔面にリヴォルバーの弾丸を二発見舞う。
だが、深模流は腕より身を低くしていた。
足からずらした腕が、上段からの一撃に代わる。
風唯の左手から気泡が湧き、深模流の鉈を喰い込ませ、動きを鈍くした。
ワイヤーが深模流の身体を包もうとした時、そこから後ろ三メートルの位置に移動していた。
リヴォルバーの弾丸が撃たれる。
だが、弾丸そのものが別の空間に移動させられ、明後日の方向に飛んで行く。
その隙に、左手がまたアウトフレームの代わりをして、コピーした能力を発動させる。
深模流の鉈が、粉々に砕かれた。
彼女は冷静に腰の後ろから、明らかに普通のだが大き目な鉈をもう一本引き抜く。
汽御離のワイヤ―が呑み込もうと束になって迫ったところを、あっという間の三振りでバラバラに切断する。
そしてその中に飛び込むと、混乱している接続子のワイヤーのなかから、風唯の真横に飛び出した。
喜々とした表情で、風唯の首を薙ごうとする。
鉈が砕ける。
それでも、握った手でそのまま風唯の顔面を打った。
のけ反って吹き飛んだ風唯は、途中で態勢を戻して、手を顔にやる。
鼻血が出ていた。
瞬間、後ろに退いたからよかったものの、そうしなければ顔面の骨は折られていただろう。
深模流は後ろ手に、ワイヤーの一本を握ると、思い切り引っ張り、汽御離の身体ごと投げた。
「あたしが! あたしが解導因子だ!」
彼女は叫んだ。
その様は、手負いの野獣のような鬼気迫るものがあった。
再び風唯を鉄菱の拳で殴ろうとする。
風唯はカウンタをリヴォルバーを持った手で放った。
銃口が深模風の眼の間にめり込んだ。
引き金を二回引く。
深模流の頭はのけ反り、回転するかのように、前面に身体を倒した。
「変換完了」
錫羽羅がつぶやいた。
彼等がいた風景が一変した。
そこには、至る所に壕と砲台が並び、イマジロイドと思われる人々が各々集団をつくり、ひしめいていた。
錫羽羅によって、区画そのものが移動させられたのだ。
ここは第十八区画だった。
曇天のした、湿った空気が流れていた。
イマジロイドたちの集団は、円を造って点々としていた。
「錫羽羅はどこだ!?」
風唯は叫んだ。
解導因子副隊長の姿が見えない。
汽御離は地面に接続子を埋めてあらゆるところを探った。
発見した場所はミサイル発射基地だった。
狙いは東京に向けられている。
錫羽羅は、ミサイル発射の操作をしていた。
接続子が彼の身体に埋め込まれる。
錫羽羅は舌打ちした。
「……もう十分だろう?」
汽御離は、接続子づてに言った。
「……そうはいかねぇ。諦めが悪区て我が道を行くのが解導因子でな……」
発射ボタンを押しかけた時、接続子から高圧電流が流されて、錫羽羅は痙攣して身が焼け焦げた。
煙を上げ、黒炭になった身体は、ミサイルのコンソールの下に崩れた。
彼の最後は、イマジロイドたちの集団の中でだった。
第十八区画では、明らかに変化が起こっていた。
輪を作ったイマジロイドたちの中心に、数人の人影があった。
疏南と軌音だった。
風唯は、息を整えてリヴォルバーの弾丸を入れ替えながら、ゆっくりと彼女らの方へ歩いて行った。
気御離が悠然とその後を追う。
イマジロイドたちは、彼女らに道を開けた。
「よぉ、久しぶり」
疏南は、壕の縁に座っていた。
風唯はLショットを追加した。
「待ってたぜ、ガラクタども」
疏南は、意味ありげに言った。
「ガラクタで悪かったな。あんたを相手するのに、こんなんじゃ不足なんだろう?」
嫌味たっぷりに風唯が返す。
「ガラクタなりに良くやったよ。褒めてやる」
「おまえもガラクタだろう?」
風唯は、相手の核心をついた。
疏南も、イマジロイドなのだ。
傍にいる、軌音も。
「これからそのガラクタの兵士たちが進軍するところだ。ゴミとしてここに捨てられて見守るか? ガラクタとして参加するか?」
「せっかくだが、おまえらに協力するわけには行かないんでね」
「それは残念だ」
疏南は、じゃらりと鎖を引き上げ、手斧を軽く握る。
「ちったあ、救世主に力かしてくれてもよかったのによ」
「救世主?」
風唯が思わず聞き返した。
巫女である軌音の頭上二メートルほどのところか。
明かりが灯り、人の形が造られていた。
最初は影だったが、輪郭がハッキリする。
据わった目でケープを羽織り、ワンピースを着て太いズボンを履いた少女がそこに浮かんでいた。
「俺にも挨拶させろ。久しいな」
声は男の物だった。
しかし、少女の容貌は、風唯そのものである。
背後のイマジロイドたちにざわめきが起こる。
救世主だ、と口々に。
「貴様、まさか……」
風唯は憎々し気につぶやいた。
「予言者を実行するため、私は救世主となった」
扶壬の声だ。
しかし、少女の身体は、明らかに風唯のものである。
パーソナル・サイドという、意識を抜かれた風唯の眠っていた本体。
それを、軌音が召喚したのだ。
「ふざけんじゃねぇ、何が救世主だ! おまえはあたしの身体を乗っ取っただけの、実体のない人間空気そのものじゃねぇか!」
「黙れガラクタ」
扶壬は笑うだけだった。
「どちらがガラクタだ!?」
風唯は怒り狂いそうになっていた。
よりにもよって、本体を奪われるとは。
いや、それ以上に、この空間に本体があること自体が許せない。
コピーの紛い物の風唯の目の前に、コピーされて紛い物扱いすべき本体があるのだ。
彼女の破壊衝動は、ピークになった。
共振音が鳴る。
マッド・ボマーが第十八区画にクジラを組み立て出した。
それも一体ではない。
各所に轟音と咆哮が上がり、六体の巨大な機械でできた野獣が出現した。
「おまえら全員、ぶっ壊してやる……」
風唯は唸るように力を込めた言葉を吐いた。




