第十五章
東京からの連絡は緯麻が作ってきた。
祥涼は、外務事務次官と防衛事務次官、副官房長官の三人から、天乃原第十八区画のイマジロイド対策としての密約を提案された。
挟撃である。
『あなた方が第十八区画へ先制的に攻撃する場合、我々の首都圏防衛部隊が同時に下から侵攻する』
副官房長官が、至ってフランクな調子で内容に触れた。
「……なるほど。いいでしょう。こちらのタイミングには?」
『すでにこちらはスクランブル状態を保っている。一声かけてくれれば、すぐにでも対応できる』
「わかりました。乗りましょう」
四人は頷いて、十分ほど中身のない雑談をして通信を切った。
「……本当に要らないのですか?」
仕事の顔に戻った外務事務次官は、副官房長官に確認した。
「いらん。首相と近隣諸国との同意でもある。天乃原などただのゴミの浮船だ」
「破壊したらしたで、世界のイマジロイドたちが煩いでしょうからね」
防衛事務次官が言葉を添えると、副官房長官はうなづいた。
「イマジロイドの夢の島としたなら利用し甲斐があるが、今の内乱状態の天乃原は我が国にとって不安要素要素でしかないのだよ。『事態が変わるまであんなものは必要ない』でいまのところ良い」
意識は砂嵐の中であり、五感がない。
扶壬は自身が死んだかと思っていた。
指を試しに一本、動かしてみる。
左手の薬指がピクリと反応した。
生きてたか。
自嘲する。
途端、感覚が至る所と繋がり、共振する。
『予言者よ、救世主の到来はいつ?』
幾多の声が尋ねて来た。
『我々は救世主の存在を求めています』
コピー製品として、紛い物とされてきた者達の悲痛なる声。
扶壬の意識は、世界と繋がっていた。
「到来は近い。皆よく耐えた」
彼はねぎらった。
雨霧が「曲げた」のだ。
「偽りの預言者」とされた扶壬を真の予言者と「曲げた」。
他にも「曲がった」部分がありそうだったが、扶壬が意識すべきことでもなかった。
ふと自身、身体がないことに気づいた。
身体感覚があるだけだ。
奇妙な浮遊感。
だが、これでは何もできない。
実体が必要だった。
なら、繋がるところは一つしかない。
「第十八区画を解導因子に取られると面倒なことになる」
汽御離がビハークルの艦内で言った。
「やっぱ迎撃か。常にお出迎えの欲しいお姫様相手は疲れるもんだな」
風唯はソファに寝転がったままだった。
「そうだな。奇襲は最も殲滅的打撃効率が高いしな」
「解導因子の生き残りもどこに潜んでるかわからない」
いつものように、ビハークル艦の稼働をリアルタイムで執務机でやっている瓢宇が添える。
「奴らが意思統一しているとは思えない。何かあったところに何かしに集まるだろうよ」
ある意味、汽御離の言葉は辛辣だった。
「大義名分が必要だよ!」
妙に明るい陽性の声で、端譜菜が艦橋に入ってきて何より大事だと言いたげに要求してきた。
「なんの?」
風唯は短く嫌味を込めた一言を見舞った。
「独立戦争に決まってる」
通じない端譜菜は一人燃え立って答えた。
「独立ねぇ……むしろぶっ壊したいんだが……」
風唯はボソリと漏らしていた。
「じゃあ、それで!」
パンッと、両手を打つ端譜菜。
やっぱり通じねぇ、と風唯は息を吐いた。
「『人間の世界をイマジロイドが生存のために破壊する』これで行くわ! 決定!」
一人で楽しそうだ。
「……イマジロイドを大義名分に入れるのか?」
瓢宇が難しい顔をする。
「解導因子との闘いがメインならそうなるに決まってるでしょ」
「ディスコルシアを追放された庶子の皇女が、イマジロイドたちの姫となるか。おもしろいじゃないか」
幾分話を作って、汽御離がニヤニヤとする。
「イマジロイドの姫……?」
端譜菜と風唯が同時に聞き返す。
と、風唯は舌打ちする。
同じ思考だったのが気に喰わなかったのだ。
「それはいいねぇ……うんうん、凄く良い」
端譜菜は満足げにうなづく。
「うち等の背中にはディスコルシアがいるの忘れんなよ?」
瓢宇がやや鋭く言った。ややというのは、半端に呆れている部分もあったのだ。あまりの調子のよさに。
「正教会が送った救世主という話を出せば? あれらより早く主張しちゃって結果出しちゃえばいいんじゃない? やつら結果論に引きずられて譲歩するしかなくなるよ」
ふふん、と鼻を鳴らす。
ディスコルシア出身で育ってきた端譜菜の言葉だ。妙な説得力があった。
瓢宇は以前から抱いていた違和感が氷解した。
端譜菜と風唯は真反対の性格をしつつ、根はいっしょなのだ。
一方が陽性的に世を否定的に観ていて、一方は陰性に世を否定している。
見ててもわかる、風唯からの端譜菜への嫌悪感も同族嫌悪という奴だろう。
「そして、第十八区画の連中を取り込む。そうすれば大義名分は立ち、その次に東北部の解放区を取り込めば事実上最大の勢力を手に入れられる」
端譜菜はニコニコしながら、考えを広げていく。
自分の閃きに歓喜してるのだ。
「……ホントにぶっ壊す気かよ、天乃原を……」
躊躇の無い端譜菜に、風唯は苦笑せざるを得なかった。
ぶっ壊すなら、歓迎だ。何も問題はない。
風唯は上体を起こし、首を回して肩をほぐした。
「……なら、実行部隊としてはやることをやるだけだな」
ほう、と瓢宇は面白そうに彼女を見た。
「行くか……」
汽御離はニヤリとした。
「ああ、破壊と独立の為の救世主は犠牲を要求するものだからな。解導因子なんてそのための犠牲にぴったりだろ」
風唯は戦闘用Lショットを飲み、軽く笑って言った。




