第十八
桧珂偽の飛行艇で、ビハークルまで戻ってくると、端譜菜は艦橋に現れた。
瓢宇と汽御離がそれぞれ作業しているなか、風唯はソファに寝ころんでいた。
微妙な共通項に、彼女は軽く笑うところだった。
テーブルの上には、一つの眼球がホルマリンに満ちた小瓶に入れられて、ぽつりと置かれていた。
「……悪趣味」
端譜菜は思わずつぶやいた。
「あー? 何をトロフィーにしようか考えた末だよ。臭い靴一足にするよりは、マシだろう?」
風唯は身体を起こして、鬱陶し気に言った。
「いや、それ以前にトロフィーって何よ?」
「これ、あとで祥涼のところに送っておいて」
当然かのような口調。
「……ああ、そういう事なら、まぁ……」
複雑な表情を見せる深模流。
風唯と汽御離はごく短時間、天乃原の区画に侵入して、眼球の主を殺害してきたのだった。
マッド・ボマーと呼ばれる雨普圏という無差別テロリストのものだ。
「調子は良いようね」
「あー戴冠式、いつやる?」
「誰が王冠被せてくれるの?」
「あたし」
当然のような態度の風唯だった。
確かに、救世主が女王の戴冠を行うというのなら、格好が良い。
「ついでに、解導因子の追悼もする」
「どうして?」
「救われなかった子羊たちを慰めるという奴だよ」
「それだけ?」
「……対祥涼のけん制でもある。と、全部考えてくれたのが、そこの闇医者だ」
汽御離は聞いているのかいないのか、反応を示さなかった。
彼は新たな国家設立のための作業に没頭しているかのようだった。
「我が作品」とでも言いたいのだろう。
暫定首相は、汽御離だった。
風唯は身体の節々の痛みに、微かに眉をひそめている。
本体の身体は若いくせに様々な痛みを起こして、風唯を苦しめている。
半ばイマジロイド化されているが、それが関係しているのかどうか。
とにかくは、痛みがある以上、生きているということだ。
自分の左手を見る。
普通の手だ。
パーソナル・サイドでは唯一イマジロイド化した場所で、そこからアウトフレームと同じように物理現象を起こさせていた。
だが、その手はもうない。
元々は、彼女の物ではなかった。
流久の物だった。
彼女を拾い、暗殺者に育て上げた人物。
もはや、思い出の中の存在でしかなかった。
最後に風唯は弧の身体で、自分の意思でマッド・ボマーを殺した。
流久の存在感は、抹消されていなかった。
解導因子の記憶も。
身体が痛い。
痛みが言っている。
受け入れろと。
救世主として、自分を取り戻した身体が訴えている。
「……クソめんどくせぇ」
有無を言わせない感覚に、風唯は思わず悪態を吐いた。
自分を救ったこの身体は木偶ではないのだ。
ビハークルに、数名の人物がやって来た。
招いたのは汽御離だ。
皆、スーツを着てネクタイを締めていた。
ブスっとした表情で、離れた場所から風唯は彼等を眺めていた。
姿を消していた天乃原管理機構の要人たちだ。
彼女のところに戻って来た汽御離は、暗い笑みをたたえて小首をかしげてみせた。 「……出荷されてきたぞ? 我が実験現場にして作品を彩る花だ。最も何時までも咲いたまでいられちゃ困るがな」
「いい歳したおっさんがたが花とは、ビハークルはいよいよもって養老施設にでもなったか」
風唯は鼻を鳴らす。
「気に入ってない態度だな?」
汽御離は不思議そうな表情になった。
「あだ花なんて喜ぶ女がどこにいる?」
「良い花束だと思ったんだがな、君にとって」
「そんなものじゃ、女は見向きもしないよ」
汽御離は軽くニヤリとした。
「私は君にあの花束を渡す。水をやって飾るもよし、自由にしてくれ」
「生憎、良い花瓶を持ってないんだわ、あたし」
面倒くさげに、風唯は息を吐く。
彼等は、ビハークル周辺に建築中の幾つかのビルの一つであるホテルに滞在を認められていた。
艦橋でいつものようにソファで夜中まで眠り、眼が覚めると、風唯は軽い伸びをした。
他に誰もいなかった。
風唯はリヴォルバーの弾を確認すると、腰の裏のフォルスターに納めて艦橋を後にした。
ホテルまで来ると、カウンターを素通りしてエレベーターに乗る。
内蔵を持ち上げられる感覚と共に上階へと昇ってゆくと、開いた扉からリヴォルバーを片手に垂らした風唯が廊下に現れた。
網膜ロックされている一室に、緊急用キーを取り出してドアを開ける。
暗い中の寝室まで迷わず足音もなく来ると、寝ている男から枕を引っ張り取り、顔面に押し付け、銃口を当てて引き金を引いた。
ベッドの上で、抵抗もなく相手の身体から力が抜けた。
風唯は淡々として、残り五つの部屋に同じように侵入し、寝ている相手を射殺して行った。
ホテルから出ると、夜風が涼しかった。
花束を血染めにした彼女は、身が軽くなっているのを実感する。
風唯なりの表現で受け取ったのだ。
身体の痛みも引いていた。
彼女はリヴォルバーを手にしながら両腕を広げて、月夜の下で数回グルグルと回った。
ビハークルに戻っていた風唯は、違和感に眉を寄せた。
ソファから上体を起こす。
不機嫌そうな瓢宇と目が合う。
「……東北解放区だが、彼等には彼等の名の下で管理してもらおう」
汽御離が幾つものディスプレイを眼前に広げたまま、言う。
「あたしを頼って来た連中だよ?」
端譜菜が不満を言葉にする。
軽くやった目を、汽御離は再びディスプレイに戻した。
「彼等は、何故私たちがここにいるのかわかっていない。ここは第十八区画の側で最前線だ。北東部はディスコルシアの帰還位置に近いが、それだけにここと価値ができてくる。それだけでいい。わざわざ、火を付けずとも、薪が積みあがってるだけで、ディスコルシアへのけん制になる。それにいざって時の逃げ場にもなる」
「そこまでの冷静さを彼等が持ってるとは思えない」
端譜菜が難しい顔をする。
「……なら手は一つ。戴冠式の時に人をよこすように言うか。あくまで連中の自由意志というやつで」
淡々と、汽御離は応じていた。
「それなら問題ない」
納得した端譜菜は、起き上がった風唯の座るソファの端に腰を下ろした。
「おい、汽御離。おめー何か企んでるだろう?」
怒りを押し殺し、風唯は低い声を出した。
「何だね? 私は私の作品を造り上げているだけだが?」
「自分で造ったものを自分で作品って言うな」
風唯は汽御離の背後に回り込み、肩口からディスプレイの群れを覗き見た。
そこには、第十八区画で組み上げられた、巨大なクジラを映し込んだものがあった。
「……これだ、これ! こんなもんどうするつもりだよ、十八区画みたいなところで危ないものを造るな!」
「これは必要だ」
汽御離は断言した。
「大体、ここのイマジロイドどうするつもりだよ。ここで暴発されちゃ、東京が黙ってないだろうが」
「わめいてないで安心してもらいたいものだね」
汽御離は、ディスプレイのクジラを指さしながら振り返った。
珍しく不快そうだった。
「これは、解導因子の連中を集めて組み上げたものだ。つまりは、解導因子の墓碑みたいなものだ。ここにコイツが居れば、我々の実力の証明になる」
「……ふーん。やってることの血も涙もないところは気に喰わないけど、納得はできる」
風唯は、相変らずだと言いたげに、息を吐き、何度かうなづいた。
「殺し屋が、今更何を言ってるんだ?」
汽御離は顔をディスプレイにもどした。
風唯は、鼻を鳴らす。
「殺し屋さんは、ちょっと前に自分を撃って消えたよ。正に失踪事件だね。因みに今ここにいるのは、救世主屋さんだよ。これはあたしの作品だ」
「胡散臭さが増した感じを受けるな」
汽御離が小さく笑う。
「今はね。これからだよ、救世主屋さんがボランティアサービス精神を発揮するのは」
「じゃあ、戴冠式の準備でもしたらどうだ? 私は自分が造った物の完成を見たい」
「あんたのもんじゃないけど、期待されてるならしょうがないなぁ」
もったいぶって言った風唯は端譜菜に悪戯っぽい眼をやった。
了




