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偽りの預言者  作者: 谷樹 理


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第十三章

「隣まで一番乗りしちまったよ……」

 戴帷奉羽(たいい ほうう)は第二十九区画のホテルで、他の隊が彼より遅れていることを知り、外の店で酒を大量に買って来た。

 二十六歳。

 解導因子の三番隊隊長だが、部下は最も少ない十名しかいない。

 それなのに、ついたあだ名が解導因子の「屠殺者」だった。

 コートを脱ぎ、引き締まった長身の身体を強化繊維だけの格好になると、部下に辺りと隣の「天乃原の丘」を調べさせる。

 自身はテキーラをちびちびと呑みだした。

 そして、通信を繋いで相手をディスプレイに映す。

 セミロングで卵方の輪郭をし、眼が大きくて口の小さい、美人と誰しもが言うであろう女性だった。

「まーた飲んでる。あたしはあなたのつまみじゃありませんよ」

 ニコニコしながら軽い悪態をつく。

「おまえが最高のつまみなんだよ」

「あなたのお酒の方が良いなぁ」

「酔えるからか? もう酔ってるけどな」

「早いなぁ」

 眞紅(まく)という女性は、解導因子が政府機関だった時に結婚した相手である。

 隊内でも最も熱烈で相性の合う二人と噂の種だった。

 結婚式に招かれた局長の深模流は美女と野獣に例え、野獣は世界一の美女を手に入れたとお墨付きを与えたのだった。

 「屠殺者」と呼ばれるほどに、隊内一の剛腕を誇り、桁違いに隊内一の敵の打ち取り数を数え上げる彼だが、眞紅とのエピソードはそれを緩和して逆に可愛げすら感じさせるもので隊内を和ませていた。

「……ねぇ、あたしは天乃原の野獣に嫁いだんだよ。最近の東に向かってからの連絡頻度が多いわ。そんなに寂しがる人じゃなかったじゃない。野獣にふさわしい言葉を吐いてよ」

 それは、眞紅にとっても覚悟を決めた質問だった。

 奉羽はテキーラを少々多く含んで喉の下に下すと、しばらく黙ったあと、眞紅の眼を真正面から見つめた。

「ちょくら行ってくる。もし帰るのが遅くなったら、別に待たないで、早めに寝て、美味い朝飯でも食っててくれ」

「……ええ、行って来て。あたしはあなたの帰って来た時のために、とっておきの美人になってるから」

「おいちょっと待て。なんだそれは?」

 一瞬の間を置いてから、二人はクスクスと笑いあった。

「見たいならさっさと帰ってくることね」

「おまえは最高の嫁で相棒だ」

「でしょ?」

「だが、俺には最高に尊敬する人物がいる」

「……なら、その人の指示に従いなさい」

「ああ。このテキーラ、クエルボなんだが、もっと良いのにすればよかったかな?」

「いつものが一番良いわ」

「ああ、しばらく付き合ってくれ。酔って寝るまで」

「もちろんよ。幾らでも酔って良いわ。最後まで付き合うわよ」

 奉羽は瓶からテキーラを口にして、画面越しに惚れ惚れとした目を一瞬したあと、普段の冗談好きな男に戻った。

 彼等はそれから夜半まで下らない事で子供の用に笑いあっていた。   





 先に取られると不利になるので、風唯達は「天乃原の丘」を瓢宇に管理させ、飛行艇を使い、その西へ一区画前に降り立っていた。

 汽御離の伺うような様子に、風唯は気づいていた。

「……あんた、この前の街道因子の時、雨霧のアウトフレームがどうなったのか行ってなかったよね?」

 いきなり核心をついたかと、汽御離は軽く笑った。

「そうだ。彼ののアウトフレームの能力は「曲げる」だ。そして、それは現状で維持されている。もう戻ることはないだろうな」

 瓦礫の稜線の風景をながめながら、風唯は鼻を鳴らした。

「言えよ。何かくしてんだ、むっつりが。キモいんだよ。闇医者とかいわれてるけど、ナメクジって呼ぶぞ?」

「それは心外以外の何物でもない。ナメクジはさすがに度が過ぎている」

 後ろで反対方向に視線を泳がせながら淡々と返してくる。

「なら全部言えよ?」

「……雨霧は偽りというのを「曲げ」て扶壬を本当の預言者にした。そして、同時におまえも「曲げ」て殺人者から、彼の言う「救世主」という存在となった。わかったか?」

 大雑把過ぎた。

 だが風唯は以前に雨霧とは、何度も会って話したことがあった。

 真っすぐな少年で、いつも明るい調子だった。

 「曲げる」とは、それこそ「曲がる」全ての対象に適応できる能力だった。

 棒を曲げる、道を曲げる、記憶を曲げる、風を曲げる、弾の軌道を曲げる、意志を曲げる等だ。

 彼が、扶壬を曲げて偽りの預言者から真の予言者にしたのは、多分、扶壬を助けたかったからだろう。その結果、風唯が救世主になるならそれで良いと言っているところが目の前に浮かぶ。 

『やるならやってくださいよ、できるんでしょ? なのにやらないのは、罪です』

 彼としては扶壬も風唯も立てて、ついでに隙あらば錠丁と共に解導因子としての役目も果たそうとしたのだろう。

「……欲張り過ぎだ、馬鹿正直者め」

 風唯は思わずつぶやいていた。

「さて、そろそろ桧珂偽が何か発見しても良いころ合いだが」

 汽御離は空に目をやった。

 相手を捕捉したなら、二人は突入し、それまでの間に容赦なく桧珂偽の艦隊が爆撃を行うことになっていた。

「どれぐらいだ?」

 という桧珂偽に風唯は、

「底に穴開くぐらい。そのあと戦闘兵を投入。」

 と簡単に答えて、沈黙を作っていた。

 最終的には艦隊が出動したのだし、少なくともその寸前まではやるだろう。

「なぁ?」

 風唯が汽御離に、恥ずかしそうな顔で声をかけた。

「ん?」

 物珍し気に汽御離が眼をやってくる。

「……その……救世主ってのは、どうすれば救世主らしくなる……?」

「……うむ」

 汽御離は咳払いをし、威厳を示すように胸を張って言った。

「汝盲目なる者、その進む道の先に真実があらん。好きなことをやれ。好きにしろ」

 重々しく唱えたかと思うと、最後は責任を放り投げるような口調だった。

「なんだそれ……?」

 風唯は据わった眼で返事をする。

「大体、扶壬は自称予言者だが、具体的なことは何一つ言ってなかった。わかるわけがない」

「……まぁそれならそらそうだ」

 天乃原東北部を中心に、自称予言者たちが各地に現れ、神の到来と天乃原の破滅を声高に謳いだしていた。

「あんなのと同列かよ」

 風唯はニュースで見るたびにげんなりした様子だった。

「同列だ」

 汽御離は容赦ない。

「へいへい……」

 簡単に流す。

「大体、君な解導因子相手にしようって時に、考えてることが呑気すぎると思わないか? あいつらは天乃原最大の武力勢力だぞ。今までのはホンの小手先にしかすぎんだろう?」

「わ、わかってる!!」

 真っ赤にした顔を思わず背ける。

「ただ、随分と今のパーソナル・サイドと、本体の乖離に悩んでいるようだな。必死に本体にデータを送って馴染ませているところからみて」

「何で知ってんだよ!?」

 驚きに声を上げてしまった。

「バレバレの回線を使っているからだ」

「やっぱり、変態だわ、あんた」

「それはそれとして解導因子だ」

 都合よく話題を逸らす汽御離。

 とにかく、解導因子は早く発見して先制しなければならない。後からの対応になれば確実にやられる実力者が残っているのだ。。





 瓢宇は、ビハークルの艦低後部にある艦長室にいた。

 通信相手は、長髪の肌の白い男で、二十代にも四十代にも見える不思議な容姿をしていた。

 白いローブは私服のようで、リラックスした雰囲気が伝わる。

「では、こちらはこのままでよろしいでしょうか、猊下」

 彼女が丁寧に聞くと、ディスコルシア正教会教皇は、うなづいた。

『古いエデゥル派を仕留める格好の時期だ。全てが、予定通りの帰趨となる』

「許可を頂きました。追って作戦を実行いたします」

『偽りの預言者は偽りのままに、だ。大掃除だな』

 教皇は軽く笑ったらしい。

 瓢宇は心の中の不快感を一ミリも外に出さなかった。

 彼女としても生き残らなければならないのだ。

 正直、風唯たちと解導因子の争いに巻き込まれて破滅するなど冗談ではないのである。

「仰せのままに」

 言って通信を切った。

 表情の無かった瓢宇に、疲れたような雰囲気が戻った。

 興奮剤のLショットを飲んで、艦長室を後にする。

 暗い通路に、虚ろな足音が響いた。

 




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