第十二章
端譜菜は張り切っていた。
「独立戦争よ!!」
ディスクの上に立ち、握った手の腕を掲げる。
「だれがやるんだよ……実行部隊は?」
冷静に風唯がボソリと漏らす。
端譜菜はニヤリとした。
「考えもなく、私が身一つでここに来たと思う?」
「……そう思ってた」
風唯に、小馬鹿にしたような歪んだ笑みを見せる。
煽り具合が凄まじい表情だった。
「正教会にエドゥル派というのがいてね。その人たちが、あたしを全面的に押してくれてるのよ」
「調べた。扶壬はエドゥル派の予言者を自称して、ディスコルシアを追放されている。そして、エデゥル派は運輸機局と争っている統制局の扶儀野霧衣とズブズブだ。もっとも扶儀野霧衣は今何故かどこかのサナトリウムだ。しかも何故か統制局は我々に興味を持っている。そして、エデゥル派はディスコルシアでは革命的なイマジロイド容認派だ」
汽御離が楽し気に笑みを浮かべながらディスプレイの群れをまえにして、話に入って来た。
チラリと視線を端譜菜にやる。
「……陽霧鉄道の鎖さ井駅を占拠したのも、エドゥル派だという話だしな?」
「信徒は各地にいるからね」
にこやかに答えてくる。
「楽しいねぇ。我々はいつの間にか、天乃原の権力闘争に巻き込まれている。圃惟可殺害手配は、運輸機局だな」
汽御離は皮肉気だ。
「どうでもいいが、ウチの艦は戦闘用じゃない。やるなら相手をここで待つのは、良い手と言えない。戦闘用イマジロイドなら一個師団は出せるが」
机の椅子に座ったままの瓢宇の口調は淡々としていた。
戦闘用イマジロイドは、人からもイマジロイドからも忌避されている存在だ。
特にイマジロイドには。
なにしろ、遺伝子組み換え技術で完全に兵隊となった存在なのだ。
「解放区の二区画が我々に接触を求めている」
汽御離が言うが、風唯には初耳だ。
彼の工作でディスコルシアにもいられることになってはいるが、端譜菜の第一皇女三冊計画をもっている風唯は、慎重に入るのを拒んでいた。
瓢宇は全員の眼前にディスプレイを浮かべた。
「……第十八区画。別名『天乃原の丘』だ」
その名は、皆知っているほどに有名だった。
天乃原の一部の勢力による東京制圧作戦である「天乃夜明け」作戦の前哨基地であり主戦場となった場所だ。
ここから西に三区画ほど離れている。
ディスコルシアの西に位置するビハークルだが、そのそれぞれ北西部には、暴動が起こり解放区と化した、天乃原北東部二区画が存在する。
第十八区はそれらの地区への入口と言えた。
そこを取れば、統制局もディスコルシアを背後に、運輸機局に圧をかけられる。
解導因子が取ったなら、多分、深譜流の性格だ。これ見よがしに、沙織会と運輸機局に自己らを迎え入れさせるだろう。
風唯が取ったならば、ビハークルとディスコルシア、解放区の二区画に存在を示せる。
ビハークルが生き残りを宣言すれば、端譜菜がディスコルシアに影響を持てる。
そして解放区だ。
扶壬が死んだ今、救世主を名乗れる風唯のものになるだろう。
風唯に居場所を得られる可能性がでてきたのだ。
「みんな勝手で好き放題だな。いい大人がよくやるわ。全員義務教育前の保育園からはじめてもらいたいもんだよ」
風唯は気分を言葉にしなければ気が済まなかった。
「実際、私の実験室から始めてもらいたいね」
同意するようで、単に自己の欲求を口にしただけの汽御離だった。
「あー、それはなんか不気味すぎるからやめて欲しい」
風唯は鬱陶しそうにする。
「世界を我が作品としたいのだよ、私は」
汽御離は暗く笑ってみせた。
「……それこそやめてくれ、迷惑だ。あと下手なことしたやつには天罰を下すからな」
風唯は冗談交じりに心底思っていた。
郷乃技研が襲われた。
アウトフレーム製造会社として、天乃原で医療にも携わっている会社である。
技術データなどがごっそりと奪われた。社員は誘拐され会社は建物そのものが燃やされた。
「全て有用だ。ウチの改変もこれで堂々出来る」
錫羽羅は満足げだった。
『動きがトロい』
深模流は不快気に返答した。
「そう言うな。緋於扶壬のデータ情報もあった」
『今や予言者となったあの坊ちゃんか』
「これは使えるぞ?」
『ああ、なるほど? それはいいね』
何も言っていないのに、深模流は察した。
「先発隊はもう出てる。少なくとも、『天乃原の丘』を取ったほうが、勝つ」
『予言者の話もしてやれよ』
「扶壬の元にいた奴らがウチと共闘したいと言って来た」
『迎い入れろ』
「そうした」
『満足だ』
深模流は通信を切った。
錫羽羅は最終的には第十八区に行くために車両に乗った。
宗幾葉も元孤児だった。
彼女を拾ったのは、解導因子である。
小さな犯罪組織から、解導因子は武力を主な武器に有力コングロマリットに成長していった。
幾葉がいた頃はまだコングロマリットの実力執行部隊の時代からだ。
彼女は子供である自分の特性を利用して相手の油断を誘い、暗殺を実行していった。
ある日、銀髪のショートカットで眼に深い闇を称えた少女と執行現場で出会ったことがある。
その少女は見るからに殺意の塊で、他に感情を持たないかのようだった。
幾葉は初めて底なしの地獄を見た気分だった。
強烈な否定だった。
それ以来、風唯と呼ばれる少女の姿が目に焼き付いて離れない。
十八歳。あれから二年経っていた。
幾葉は錫羽羅お気に入りの解導因子隊員となり、やがて六番隊を率いる隊長となっていた。
あの頃の風唯が、郷乃技研の関係会社にいたことも掴んでいた。その後、「出荷屋」に在籍したことも。
あの時の否定的視線で、彼女の心を虚無感が蝕まれていた。
解導因子に拾われても、それは満たされなかった。
今、解導因子の「奇術師」と「屠殺屋」に「最強の局長」と「最凶の副隊長」が東に向かっている。
小さなレストランの外にあるテーブルで、幾葉は昼食を取っていた。シフォンケーキと、コーラだ。
彼女が軽く何口か入れた時、周りの様子の変化に気づいた。
第十一区の繁華街で、人通りも多いが、底計らっていない。
共振音が耳の奥で鳴っていた。
「あーあ。これも仕事に入るのかな?」
フォークでケーキを何度も刺してぐちゃぐちゃにする。
視線は自動販売機横でしゃがむ女性に固定されていた。
相手は自分が気付いたと思うと、たってこちらにやって来た。
ブラウスと七丈のダボパンツをはいて、ウェーブがかった髪を頬の下でざっくり切っている。
表情は嫌に気分が良さそうだ。
「美味そうなの食べてるな。あたしも一つ頼む」
向かいの椅子に勝手に座ると、店員を呼んで注文した。
「何か用かな?」
幾葉はニッコリと微笑んだ。
「お上品なのか下品なのかわからんね」
彼女は、幾葉の皿の上の塊に目をやって言った。
「……ああ、あんたが疏南か」
にこやかなまま、手はまだフォークでケーキを潰していた。
本当なら疏南を刺したいのに、ケーキで我慢しているのだ。
「ウチの巫女が、天使を欲しがっててねぇ」
「天使?」
「あんたのキャリア、面白いじゃないか。解導因子でも殺した数が段違いなんじゃないか? あんたみたいな殺人鬼が丁度良いんだ。あんたみたいなイマジロイドではない人間が」
その言葉が終わると同時に、幾葉は椅子を横にして後ろに跳んでいた。
コートのふくらみが納まると、三十センチほどの刃渡りの小刀を手にしていた。
椅子に座ったままの疏南は、手斧をゴツリとテーブルに置いた。柄の部分から長い鎖が地面に垂れていた。
扶壬は解導因子の一部と繋がっていたという。
しかし、目の前の相手は涼やかなまでの敵意を幾葉に向けている。
「あんたら解導因子がイマジロイド派じゃなく人間派なのは知ってるよ。理由もね。そんなに嫌わないでほしいねぇ」
疏南はニヤリとしながら手斧を左手に、巨大な分銅付の鎖を右手に持った。
その言葉で、幾葉は確信した。
疏南は、自分をアウトフレームとして操る気だと。
イマジロイドを使うのなら知っている。
だが、人間を使うなどとは考える者もやった者も聞いたことがない。
「……主人をなくして、あんたは何してるの?」
小刀の先で丸を描きながら、様子を伺うように幾葉は聞いた。
「予言を受けたのよ。あんたらを使えと。イマジロイドじゃない、生身の人間をアウトフレームにしろと」
幾葉は思わず噴き出した。
「空っぽね。まるであたしみたいじゃない?」
構えも変わらない。
ぴたりと小刀の先を疏南の眉間へと向けたまま、軽く笑っていた。
「あんたら程度があたしを扱えると思ってるの?」
解導因子は全てを捨て、天乃原東に楔を打ち込もうとしている。
幾葉としては、二度目の亡失感を味わっているところだった。
「ビックリするぐらい、上手く操ってやるよ。あたしが、予言者の第一の後継者だ」
幾葉は、彼女の懐に飛び込もうとした。
眼前に鎖のついた分銅が向かってくる。
左手の手首付近で下に払ったかと思うと、分銅は鎖の上を滑って後ろに戻り、再び彼女の顔面に来た。
舌打ちして再び払う。と同時に小刀を振るう。
手斧の刃と小刀が火花を散らして、弾き合った。
疏南はそのまま手斧をいったん手放すと、鎖を引いて、下段に構えた手の中に柄を引っ張って置いた。
幾葉はすくい上げられかける手斧を避けるため、肩から体当たりを喰らわせた。共に吹き飛びながら、疏南が柔らかに背中より後ろから横薙ぎにして来た手斧を、何とか小刀の柄で叩いて払った。
二人が距離を置いて転がる途中、疏南は鎖を大きく振った。その回転する先に幾葉の頭がある。
再び、幾葉は身体を地面に回転させて避ける。
鎖を引きながら、疏南がまた立ち上がっていない幾葉に躍りかかる。
小刀で何度も間合い内を斬りつけて寄せ付けないようにしつつ何とか後ろに跳び、幾葉は立ち上がった。
彼女がいたところに、南疏の手斧が地面にめり込んでいた。
意図的な、動作の停止だ。
顔は幾葉に向けながら楽し気な表情をしている。
「確か、得意なのは奇襲だったね。こうも間合いを取られまくっちゃ手も足も出ないみたいじゃねぇか?」
幾葉は深く息を吐きながら、横を向いて視線を逸らした。
言われる通り、彼女の動きは完全に読まれていたのだ。
「……認めるよ。あんたの実力をね。こんなものじゃなさそうだ。もう一本、ぶら下げたままだろう?」
疏南のカトラスを顎で示しながら言う。
「ご名答」
幾葉は身体から力を抜き、小刀をコート裏の鞘に戻した。そこには、四本ほど鞘が同じ小刀が納まったまま縫い付けられていた。
「そして、あんたはアウトフレームを使えない。いるんだ、リンクできない人種が」
ゆっくりと立ち上がり、疏南は続けた。
「アウトフレームになるための者達。巫女は救世主からそういう言葉を貰っている」
「予言者からじゃないの?」
「使えと言ったのが予言者で、何故という答えをもらったのが巫女だよ」
「あ、そう……あんたらの言いたいことはわかった。好きにしてくれていい」
幾葉は両腕を小さく力ない様子で開いた。
どうせ自己否定と虚無感からは逃れられないのだ。
もう、どうでもいいじゃないか。
疏南はニヤリとした。
空を映す天井から光が差した。
幾葉はその中で照らされたかと思うと、だんだんと身体が輝きの中に分解されるように小片に砕かれていった。




