第99話 暴かれる影
「この偽の書状を用意したのは——そこの文官、あなたですね」
わたくしが、まっすぐに指を向けると、捏造を暴かれた文官は、顔を青ざめさせた。
「な、何を証拠に……!」
「証拠なら、今、示したばかりです」静かに、告げた。
「南方産の羊皮紙。宮廷でしか手に入らぬ品。そして、わたくしの筆跡を間近で写し取れる立場。——それらすべてを満たすのは、宮廷に出入りするあなた方しか、いません」
◇
玉座の若き国王が、初めて口を開いた。
「……話を聞こう、辺境伯夫人」
王の目に、鋭い光が宿る。
「そなたは、この捏造の背後に、誰がいると考えているのか」
待っていた、問いだった。
深く息を吸い、はっきりと告げた。
「脱走した、前宰相。——あの男が、いまだ宮廷に息のかかった者を残し、糸を引いています」
謁見の間が、大きくざわめいた。
処刑を逃れ、姿を消した、あの宰相。
その名は、王宮にとっても忌まわしい傷だった。
「証拠は、あるのか」
「この文官たちを、お調べください」わたくしは答えた。
「前宰相との繋がり。そして——彼らが隠し持つ、ある“術具”を」
◇
文官たちの顔色が、変わった。
術具。
——その一言に、明らかに動揺している。
図星だったのだ。
彼らが宮廷の奥に隠し持つ、水鏡を弾く、あの鏡。
それは、滅びを望む者たちと繋がる、何よりの証。
「ティナ」
わたくしが小さく呼ぶと、控えていたティナが、こくりと頷いた。
そして、持参した水鏡を、そっと掲げる。
少女の力が、宮廷の奥に隠された術具の、ありかを探り当てる。
水鏡が、淡く光を放った。
「……あっち。あの文官たちの控え室の、奥。隠し棚の中に。——黒い鏡が、ある」ティナが指さした。
「それと、前宰相とやりとりした、手紙も」
◇
「衛兵! その控え室を、検めよ!」
国王の命令が飛んだ。
文官たちが青ざめ、逃げ出そうとするが——すでに遅い。
アルヴィスと衛兵たちが、素早く取り押さえる。
ほどなく、衛兵が戻ってきた。
その手には、黒い鏡の術具。
そして、前宰相の署名のある密書の束。
——動かぬ証拠だった。
「これは……!」現宰相が、密書を検め、絶句した。
「間違いない。前宰相の筆。——奴は、まだ生きて、宮廷を操っていたのか」
謁見の間に、衝撃が走った。
脱走した前宰相の影が。
こうして、白日のもとに引きずり出されたのだ。
◇
捕らえられた文官の一人が、観念したように口を開いた。
「……もう、終わりだ。何もかも」その目は、虚ろだった。
「俺たちは、ただ命じられるまま動いていただけ。前宰相様の、いや——その、さらに上のお方の、ご意志のままに」
「さらに上のお方?」聞き逃さなかった。
「それは、誰です」
「知らん……本当に、知らんのだ」文官は、青ざめて首を振った。
「俺たちのような末端には、決して姿を見せない。ただ、“器を集めよ”“世界を正しき滅びへ導け”と。——その言葉だけが、降りてくる」
正しき、滅び。
——その歪んだ言葉に、ぞっとした。
彼らは、本気で世界の滅亡を望んでいる。
それを、“正しい”ことだと信じて。
「世界を、滅ぼすことの、どこが、正しいのですか」
「分からない。だが……あのお方は、言う。今の世界は、もう腐りきっている。一度、すべてを終わらせ、原初に還すべきだ、と」
◇
その言葉に、わたくしは確信した。
やはり、敵の真の狙いは。
眠れる“あのお方”——原初の神を目覚めさせ、この世界を、いったん無に還すこと。
前宰相も、この文官たちも。
その大きな意志の、駒にすぎない。
「……恐ろしい企みです」国王に、向き直った。
「陛下。前宰相は、捕らえねばなりません。けれど、それ以上に。——その背後にいる、“あのお方”を目覚めさせようとする者を、止めねば。世界が、終わります」
国王は、しばし沈黙し。
そして、重々しく頷いた。
「……信じよう。そなたの、これまでの行いが、何よりの証だ。——王国は、そなたに、力を貸す」
「ありがとうございます。——では、ひとつ、お願いが」
「前宰相は、必ず、最後の抵抗を仕掛けてきます。そのとき、王宮の衛兵だけでは足りぬかもしれません。——アスタリカのレオハルト陛下が、護衛として、精鋭を国境近くまで伴っておられます。万一の際、彼らが王都の防衛に加わることを。——正式に、お許しいただけますか」
国王は、即座に理解した。
「……なるほど。同盟国の客分としての、助力か。よかろう」そう言って、一通の勅書をしたためた。
「これあらば、アスタリカの兵が領内で剣を抜いても、なんら問題はない。——むしろ、王国を救う義挙となろう」
正式な許可。
これで、いざというとき、ガルム将軍の精鋭が、堂々と動ける。
他国の兵が、勝手に王都を侵すのではない。
——王国の要請に応じた、同盟の助太刀。
その大義名分を、わたくしは確保したのだ。
心強い味方が、また一つ。
けれど、敵の影は、想像よりずっと、深く大きい。
国王が、感嘆の声を漏らした。
「そなたが来なければ、余は、まんまと欺かれ、忠臣を罪に問うところだった。——礼を言う」
「もったいない、お言葉です」頭を、下げた。
「ですが、陛下。——これで、終わりではありません」
わたくしは、顔を上げ、声を強めた。
「前宰相は、ただ王国を乱そうとしているのではありません。——もっと恐ろしい企みが、その背後にあります。世界そのものを、滅ぼそうとする企みが」
国王の顔が、険しくなった。
「……詳しく、聞かせてもらおう」
捕らえた文官たち。
暴かれた術具。
——けれど、これは、まだ入り口にすぎない。
前宰相、そして、その先にいる、より大きな闇へ。
わたくしの戦いは、いよいよ核心へと、向かおうとしていた。
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