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【7/5 7AMに最終話投稿予定】追放された令嬢ですが、前世は料理人でした ~辺境で餌付けしていたら、冷徹な旦那様に溺愛されています~  作者: P作
第11章 動き出す影

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第98話 宮廷の罠

翌日。


わたくしたちは、王宮へと出頭した。

豪奢な謁見の間。


玉座には、若き国王が座している。

その傍らに、宰相府の現宰相をはじめとした重臣たちが居並んでいた。


けれど、わたくしの目が捉えたのは、重臣たちの、わずかに後ろ。

陰に控えるように立つ、数人の文官たちだった。


(……あの者たちだ)


ティナの水鏡が捉えた、黒いもや。

その出どころは、おそらく彼ら。


表向きは、ただの文官。

けれど、その正体は、滅びを望む者たちの手の者。

宮廷に深く潜り込んだ影だ。



「ヴァルド辺境伯、ならびに、その夫人」


現宰相が、重々しく口を開いた。


「そなたらには、不審なよそ者を匿い、私兵を蓄え、反乱を企てた疑いが、かけられている。——申し開きが、あるなら聞こう」


居並ぶ重臣たちの視線が、突き刺さる。


明らかに、こちらを罪人と決めつけた空気だった。


けれど、わたくしは臆さなかった。


一歩前に出て、よく通る声で答えた。


「申し開きなど、ございません。——なぜなら、わたくしたちは、何もやましいことをしていないからです」


ざわり、と場が揺れた。



「匿ったよそ者とは、行き場を失った孤児のことです」わたくしは続けた。


「私兵とは、たびたび辺境を襲う賊から、村を守るための自警団。——どこに、反乱の意図が、ありましょう」


「ならば、なぜ武装を?」重臣の一人が詰問する。


「お忘れですか。ヴァルドは、辺境。魔物や賊の脅威に、常に晒されています」静かに、返した。


「民が、自らの命を守るために団結すること。それを反乱と呼ぶのなら。——この国の辺境の民は、皆、反逆者になってしまいます」


理路整然とした反論に、詰問した重臣が、言葉に詰まった。



そのとき。


陰に控えていた文官の一人が、すっと進み出た。


「お言葉ですが、辺境伯夫人」その声は、妙に平坦で感情がなかった。


「証拠が、ございます。——あなた方が不穏な企てを記した、書状が」


文官が、一通の書状を掲げた。


けれど——わたくしには分かった。


あれは、偽物。


わたくしたちを陥れるために用意された、捏造の証拠だ。


(……来た。これが、罠の本命)


宰相は、この偽の証拠で、わたくしたちを反逆者に仕立て上げる。


そういう筋書きなのだ。


けれど——その程度の罠は見越していた。


「その書状、見せていただけますか」落ち着いて、言った。


「わたくしが書いたという、その証拠を。——この目で、確かめたいのです」



文官が、わずかにたじろいだ。


けれど、引くわけにはいかないのだろう。


書状を、わたくしの前に突きつけた。

それを一読し——静かに、微笑んだ。


勝機を見つけた、微笑みだった。


「これは、わたくしの筆跡を真似た、見事な偽物ですね」顔を、上げた。


「筆跡も、文面の整合も、日付も。——実に完璧に仕込まれている。並の者なら、見破れないでしょう」


文官の口元が、わずかに緩んだ。

完璧な偽証。

崩せるものなら崩してみろ、とでも言いたげに。


「ですが——あなた方は、一つ見落としています」

わたくしは、その書状を、すっと鼻先に近づけた。


「料理人の鼻は、ごまかせません」



「この羊皮紙は、南方産の最高級品。乾燥して、ひび割れるのを防ぐため。——柑橘の皮から搾った専用のオイルで、手入れをします」


わたくしは、静かに続けた。


「その香りは、爽やかで揮発しやすい。乾いた暖かい場所に、数日も置けば。——とうに飛んで、なくなってしまう」


文官の顔から、笑みが消えた。


「けれど、この書状からは。今なお、はっきりと、その柑橘の香りが漂っています。——加えて、ほんのわずかに、(かび)の匂いも」わたくしは、目を細めた。


「香りが飛んでおらず、しかし黴の気配がある。——これは、この書状が、つい数日前まで、湿気を帯びた、気温の低い場所に保管されていた証です。——たとえば、王都の地下書庫のような」



「ヴァルドは、乾いた寒い辺境。——もし、本当に、わたくしが、かの地でこれを認めたのなら。柑橘の香りは、とうに飛び、紙は、乾いてこわばっているはず」


わたくしは、文官をまっすぐ見据えた。


「けれど、この書状は、しっとりと柑橘の香りをまとっている。——つまり、これは、ヴァルドで書かれたものではない。ごく最近、王都の湿った場所で用意されたもの。——あなた方が、ここで捏造した証拠です」


謁見の間が、しんと静まり返った。


完璧に仕込んだはずの偽証。


その唯一の綻びを。


——料理人の嗅覚が、嗅ぎ分けたのだ。



「な……っ。そ、そんな、香りの違いなど。——こじつけだ!」文官が、声を荒げた。


「証拠に、なるものか!」


「では、確かめましょう」即座に、切り返した。


「南方の羊皮紙を扱う商人を、お呼びください。この香りが何を意味するか、専門の者なら、すぐに分かります」


「ふん! その商人とて、辺境伯に買収されているやもしれぬ! 匂いなどという、あやふやなもので——」


食い下がる文官に、わたくしは、もう一手、用意していた。


「では、香りは、ひとまず措きましょう。——次は、このインクです」


書状の文字を、指し示す。


「ヴァルドの冬は、厳しい。インクすら凍る。だから、わたくしたちは、凍結を防ぐ特別な煤を混ぜた、青みがかった深い黒を使います。——けれど、この書状の文字は、王都の宮廷御用達の、艶のある純黒のインク」


文官の、顔が、こわばった。


「ヴァルドで、わたくしが書いたはずの書状に。なぜ、王都のインクが使われているのか」静かに、畳みかけた。


「そして——文官様。あなたの、その右手の指先。艶のある純黒の染みが、ついていますね。——どうか、その指と、この書状の文字を。並べて、お見せいただけますか」



文官の指先が、震えた。


香りと、インク。


——二重の、動かぬ証拠。


もはや、どんな言い逃れも、通じなかった。

ほどなく、呼ばれた商人も、書状の香りを検め、証言した。

この柑橘の香りは、王都の湿気た場所に、つい数日前まで置かれていなければ残らない、と。

——偽証は、完全に崩れ去った。



謁見の間が、どよめいた。


文官の額に、汗が滲む。


完璧なはずの偽証が、わたくしの観察眼と、料理人としての知識の前に、あっけなく崩されたのだ。


食材の産地を見抜く、舌。

物事の本質を見抜く、目。

——それは、料理で培った、わたくしの武器だった。


日々、食材と向き合い、そのわずかな差異を見逃さない。

その積み重ねが、こうした嘘を見破る力にも、なっている。


「さて」

玉座の若き王を、見上げた。


「この稚拙な捏造を仕組んだのが、誰なのか。——陛下の御前で、明らかにさせていただきます」


宮廷の罠は、破られた。


ここからは、こちらの反撃の番。


決戦の舞台は、整った。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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