第97話 王都へ、再び
アスタリカの協力を取りつけ、わたくしたちは、いよいよ王都へと向かった。
レオハルトは、すぐに兵を動かすと言ってくれた。
けれど、わたくしは、それを丁重に断った。
「お気持ちは、ありがたいのですが。——いきなり他国の兵を王都に入れれば、それこそ宰相の思う壺。“やはり反乱だ”と、口実を与えてしまいます」
「……なるほど。道理だ」レオハルトは、頷いた。
「では、どうする」
「まずは、わたくしたちだけで王都へ。——堂々と、出頭命令に応じます」
「そして、宰相の企みを白日のもとに晒す。アスタリカの兵は、いざというときの切り札として。——どうか、国境で待機していてください」
◇
王都への道中。
わたくしは、馬車の中で、これからの策を練っていた。
出頭命令の罠を、逆手に取る。
そのためには、宰相が王都のどこに、どんな形で根を張っているのか。
それを暴く必要がある。
「ティナ。——水鏡で、王都の様子を見られますか」
「やってみる」
ティナが、桶の水を覗き込む。
少女の力は、この旅の間にもぐんぐん伸びていた。
今では、かなり遠くの様子まで水鏡に映せる、ようになっている。
「……見える。大きな街。たくさんの人」ティナが、目を凝らす。
「でも……宮廷の奥のほう。黒いもやみたいなものが、かかってて。——よく、見えない」
「黒い、もや?」
「うん。何か、わざと見られないように隠してる感じ。——水鏡を弾く、力がある」
◇
その言葉に、緊張を覚えた。
水鏡を弾く力。
——それは、滅びを望む者たちが使う術かもしれない。
鉱山でヴェルナーが持っていた、あの鏡の術具と、同じ系統の。
宮廷の奥に、それがあるということは。
やはり、王都の中枢に、敵の手の者が深く食い込んでいる。
「気をつけないと、いけませんね」皆に、告げた。
「敵は、わたくしたちの手の内を、ある程度読んでいる。ヴェルナーの襲撃で、こちらの力を測ったように。——油断は、禁物です」
「ああ」アルヴィスが頷いた。
「だが、こちらにも、切り札がある。——ティナの水鏡に、ダグの地の声。それに、お前の舌だ。向こうが隠そうとしても。——おれたちには、見える」
その言葉が、心強かった。
◇
それに、と、わたくしは、もう一つの当てを、思い起こした。
王都には、味方がいる。
断罪の宴でともに戦った、人々。
宮廷料理長や、不正を憎む良識ある貴族たち。
かつて宰相の腐敗を暴いたとき、わたくしの料理に心を動かし、側に立ってくれた者は、決して少なくなかった。
「王都に着いたら、まず信頼できる方々と、連絡を取りましょう」皆に、告げた。
「宰相が、宮廷に、どれだけ手の者を、潜ませているか。それを、知る人が、いるはずです」
敵が、王国の権威を使うなら。
こちらは、王国の中の良心を味方につける。
力には、力で。
策には、策で。
そして、人の繋がりには——人の繋がりで応える。
ダグが、ぽつりと言った。
「なあ、セラさん。——あんた、すげえな。敵地のど真ん中に乗り込むってのに、ちっとも怖がってねえ」
「怖くない、と言えば嘘になります」わたくしは微笑んだ。
「でも、独りじゃない。——それだけで、人は、こんなにも強くなれるんです」
◇
王都の城門が、見えてきた。
かつて、追放された令嬢として、惨めにこの門を出た。
そして、断罪の宴で汚名を雪ぎ、再びこの門をくぐった。
——今度は、三度目。
世界の滅びを企む者たちとの、決戦のために。
「……戻ってきました」わたくしは、城門を見上げて呟いた。
感慨が、こみ上げた。
けれど、恐れはない。
あの頃の無力な令嬢は、もう、いない。
今のわたくしには、愛する夫が、頼れる同志が、国を越えた盟友が、そして救ってきた神々の加護が、ある。
「行きましょう。——宰相の待つ、場所へ」
◇
城門を、くぐる。
王都の賑わいは、相変わらずだった。
けれど、その華やかさの裏側で、静かに腐敗と陰謀が、進行している。
それを、わたくしは、肌で感じ取っていた。
行き交う人々は、誰も知らない。
この平穏な日常のすぐ裏で、世界の存亡を賭けた戦いが、始まろうとしていることを。
だからこそ、守らねばならない。
この、ささやかな賑わいを。
人々の、当たり前の暮らしを。
(……待っていなさい、宰相)
胸の内で、静かに闘志を燃やす。
あなたの仕掛けた罠。
——それを逆に利用して。
あなたと、その背後の闇を。
すべて、暴いてみせる。
馬車は、宮廷へと続く大通りを進んでいく。
決戦の舞台は、もう、目の前。
かつて、わたくしを捨てた、王都。
そこで、今、世界の運命を賭けた、新たな戦い。
——その火蓋が、いま、切られようとしていた。
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