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【7/5 7AMに最終話投稿予定】追放された令嬢ですが、前世は料理人でした ~辺境で餌付けしていたら、冷徹な旦那様に溺愛されています~  作者: P作
第11章 動き出す影

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第96話 再びのアスタリカ

ヴァルドを発ち、西へ。

アスタリカへの道は、かつて火の神を救いに向かった、あの旅路だった。


けれど今度は、ザイードの先導もない、わたくしたちだけの旅。


それでも、迷いはなかった。

あの国には、確かな友がいる。

国境に近づくと、見覚えのある紅蓮の山々が、遠くに見えた。


けれど、その姿は、以前と違っていた。


「……山が、穏やかだ」

アルヴィスが、目を細めた。


かつて火の神の暴走で荒れ狂っていた、紅蓮の山々。

それが今は、ゆるやかに白い湯気をたなびかせている。

火の恵みを取り戻した、証だった。


わたくしたちが救った、火の神。

その加護が、確かに、この地に根づいている。



アスタリカの、王都へ。

門の兵士に名を告げると、すぐに王宮へと通された。

かつての、警戒に満ちた敵国の対応とは、まるで違う。


ヴァルドの辺境伯夫人は、今や、アスタリカにとって、恩人なのだ。


謁見の間で、待っていたのは、若き王レオハルトだった。


「——セレスティア殿! よくぞ、参られた!」


玉座から立ち上がり、駆け寄ってきた


かつて、軍の強硬派に追い詰められ、孤立していた青年王。

その顔には、もう、あの焦りの影はない。

自信に満ちた、立派な王の顔だった。


「お久しぶりです、レオハルト陛下」礼を取った。


「ご立派になられて。——国は、落ち着かれたようですね」



「すべて、そなたのおかげだ」

レオハルトは、感慨深げに言った。


「火の神を鎮め、強硬派の企みを暴いてくれた。あの後、余は、軍を掌握し直し、国を立て直すことができた。——この恩は、生涯忘れぬ」


そのとき。


謁見の間に、大きな足音が響いた。


「おお! 本当に、来ていたのか!」


豪快な声とともに現れたのは、屈強な体躯の将軍だった。


かつて、わたくしたちに敵意を剥き出しにしていた、対ヴァルド強硬派の筆頭——ガルム将軍。


けれど、その顔は、満面の笑みだった。


「久しいな、料理の御仁! いやはや、あんたの作る飯が忘れられんでなあ。——時々、無性に、食いたくなるんだ!」


かつて、わたくしを「敵国の女」と罵った、その人が、今では、こうして旧友のように笑いかけてくる。

料理が変えた、関係だった。



「実は——お二人に、お願いがあって参りました」


わたくしは、本題を切り出した。

王国の宰相が、滅びを望む者たちと結託していること。


出頭命令という罠を仕掛けてきたこと。

その背後に、より大きな闇が潜んでいること。


話を聞いたレオハルトの顔が、険しくなった。


「……許せぬ話だ」

彼は、低く言った。


「神の声を聞く者を利用し、世界を滅ぼそうとは。——それは、もはや、一国の問題ではない。世界すべての、危機だ」


「その通りです」わたくしは頷いた。


「だからこそ、力を合わせたいのです。——国を、越えて」


ガルムが、ぐっと拳を握った。


「言うまでもない! あんたには、大恩がある。——その敵は、俺たちの敵だ。なあ、陛下!」


「ああ」レオハルトが、力強く頷いた。


「アスタリカは、ヴァルドとともに在る。——必要なら、兵も出そう。我が国の威信に、かけて」



心強い味方を、得た。

かつて、敵国だった、アスタリカ。

それが今では、最も頼れる盟友になっている。


すべては、火の神を救った、あの戦い。

そして、ガルムの心を溶かした、ひと皿の料理から、始まった。


料理が繋いだ縁は、国境を越えた。

損得や過去の遺恨さえ、越えて。


——人と人を結びつける。


それは、神々を繋ぎ直すことと、同じくらい大切な、わたくしの戦いだった。


「ありがとうございます。——百人の味方を得た思いです」深く、頭を下げた。


レオハルトが、微笑んだ。

「礼には及ばぬ。——だが、ひとつだけ、条件がある」


「条件?」


「また、あの絶品の料理を、振る舞ってくれ。——ガルムが、うるさくてな」


謁見の間に、笑い声が響いた。



その夜。

わたくしは、約束どおり、腕をふるった。

アスタリカの、燃えるような赤唐辛子と、香り高い種子の香辛料を、たっぷりの油脂で、じっくり炒める。

ぱちぱちと爆ぜる音とともに、むせ返るほど鮮烈な香りが立ちのぼる。


そこへ、ヴァルド特産の滋味深い根菜と、よく肥えた肉を合わせ、ことことと煮込んでいく。

強烈な辛味の奥から、やがて、肉の脂の甘みと、根菜の素朴なコクが、とろりと溶け出してくる。


——アスタリカの火と、ヴァルドの大地。


二つの国の恵みが、一つの鍋の中で溶け合い、どちらか一方では決して出せない、深い味わいを生み出していた。


「これだ……! この味だ!」


ひと口食べたガルムが、感極まったように唸った。

屈強な将軍が、子どものように目を輝かせている。


「初めて、あんたの飯を食ったときの衝撃を、忘れられん。敵だ味方だと、いきり立っていた俺が……ひと口で骨抜きにされちまった」


「あのときは、危うく、斬られるかと思いました」わたくしは、くすりと笑った。


「はっはっは! 違いない!」ガルムが、豪快に笑う。


「だが、おかげで、俺は、大事なことに気づけた。——腹が満たされ、心がほどける。その尊さに、な。剣だけが、人を動かすんじゃない。——あんたは、それを教えてくれた」


レオハルトも、しみじみと料理を味わっていた。


「うむ。……やはり、絶品だ」彼は、ふと目を細めた。


「アスタリカの香辛料と、ヴァルドの大地の恵み。——本来、交わるはずのなかった二つが、一皿の中で、これほど見事に溶け合っている。まるで、これから我らが結ぼうとしている、絆そのものだな。——この味のためなら、何度でも兵を貸そう」


冗談めかした、その言葉。


けれど、そこには、確かな信頼が込められていた。


料理が結んだ縁は、こうして、いざというときの力になる。


王都での決戦を前に。


わたくしは、何より心強い絆を、結び直したのだった。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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