第100話 前宰相の足掻き
宮廷での捏造が暴かれてから、数日。
王国は、大きく動いた。
捕らえた文官たちの証言と密書から、前宰相が王都に張り巡らせていた繋がりが、次々と明らかになっていった。
協力者の貴族、買収された役人。
——その根は、思いのほか深かった。
「これで、奴の王都での足場は、ほぼ断ち切れました」国王の御前で、報告する。
「あとは、前宰相本人を捕らえるのみ。——ですが、あの男のことです。必ず、最後の抵抗を、仕掛けてくるでしょう」
◇
その予感は、的中した。
ある夜。
ティナの水鏡が、不穏な動きを捉えたのだ。
「セラ様……来てる。たくさんの人が。王都の外れに集まってる」ティナが、青ざめた。
「武器を持った人たち。それに——あのヴェルナーも、いる」
ヴェルナー。
前宰相の腹心。
鉱山で、ヴァルドで対峙した、あの男。
それが手勢を率いて、王都に現れた。
「最後の賭けに出る気ですね」目を、細めた。
「足場を失った前宰相が。残った戦力をすべてつぎ込んで。——力ずくで、形勢をひっくり返そうとしている」
ティナが、さらに水鏡を覗き込み、青ざめた。
「セラ様……数が、多い。すごく多い。宮廷の衛兵だけじゃ、とても足りない。——前宰相、王都の外から、傭兵まで、かき集めてる」
その言葉に、場が緊張した。
敵の規模は、こちらの想定を上回っていた。
このままでは、王宮が包囲され、押し切られかねない。
——けれど、わたくしは慌てなかった。
こういう事態を見越して、手を打ってあったからだ。
◇
ダグが、地面に手を当てた。
「……ああ。聞こえる。大勢の足音。それと——地下だ。古い隠し通路を通って、王宮に近づこうとしてる奴らもいる」ダグが、目を見開いた。
「このままだと、奴ら、地下から王宮に侵入するぞ」
正面の手勢は、囮。
本命は、地下からの奇襲。
——またしても二段構えの策。
けれど、こちらには、ダグの地の声と、ティナの水鏡がある。
敵の企みは、すべて見えていた。
「アルヴィス様。地下道の防衛を。わたくしは、地上の対応を」
「分かった。——気をつけろ」
王宮の衛兵たちと連携し、迎撃の態勢を整えた。
ダグの案内で、地下道に伏兵を配置し、ティナの水鏡で、敵の動きを逐一把握する。
前宰相の奇襲は、こちらに筒抜けだった。
「待った」ダグが、坑道の壁に拳を押し当てた。
「水鏡で見えにくい、地下の暗がりは、俺に任せろ。——壁を叩いた音の、跳ね返りで分かる」
こんこん、と、ダグが岩壁を叩く。
その反響に、じっと耳を澄ます。
「……来てるのは、十三人。先頭が二人、少し離れて、後続が固まってる。——三つ目の角の、向こうだ」
地の声を聞く力は、足元を崩すだけではない。
岩の反響を読めば、闇の中の敵の数も、位置も、隊列までも、手に取るように分かる。
——闇は、もはや、敵の味方ではなかった。
「来ます。——ダグさんの言うとおり」ティナも、水鏡で裏づけた。
その声を受け、衛兵たちに合図を送る。
敵が角を曲がった、その瞬間、待ち構えていた衛兵たちが、一斉に躍り出た。
不意打ちのつもりが、逆に待ち伏せされていた敵。
混乱する足元を、ダグが地の声で崩し、体勢を崩したところへ、アルヴィスの剣が走る。
峰打ちで、次々と当て身を決めていく。
殺さず、捕らえる。
——それが、わたくしたちの流儀だった。
地下道の手勢は、あっけなく取り押さえられた。
けれど——地上の敵は、桁違いだった。
王宮を、ぐるりと取り囲む、おびただしい数の、傭兵たち。
宮廷の衛兵だけでは、明らかに、数で、劣勢。
じりじりと、包囲の輪が、狭まっていく。
「ふはは! どうした、辺境伯夫人!」物陰から、ヴェルナーの嘲笑が響いた。
「いくら、お前たちの力が優れていても。——この数の差は、覆せまい!」
その勝ち誇った声に、わたくしは、静かに微笑んだ。
「ええ。——わたくしたちだけ、ならば」
その時だった。
王都の城門の方角から、突如、地響きのような馬蹄の轟きが近づき——夜闇を裂いて、一団の騎兵が、敵の背後へと雪崩れ込んだ。
「——待たせたな、料理の御仁!」
豪快なその声は、ガルム将軍だった。
アスタリカの精鋭を率い、王都の近くで、この時を待っていたのだ。
◇
「な、なぜ、アスタリカの兵が、ここに……!?」ヴェルナーが、絶叫した。
「陛下の勅書があります」告げた。
「アスタリカの精鋭が、王国の要請に応じ、王都の防衛に加わる。——正式に許された、同盟の助太刀です。ガルム将軍には、レオハルト陛下の護衛として、王都の近くで待機していただいていました。足場を失った敵が、最後に数で押すことは、読めていましたから」
他国の兵が、勝手に王都を侵すのではない。
王国の要請に応じた、合法の助力。
——敵の二段構えを、さらに上回る一手だった。
ガルム将軍の精鋭に背後を突かれ、傭兵たちの包囲は一気に崩れた。
挟み撃ちにされ浮足立つ敵を、アルヴィスと衛兵たちがたたみかける。
——前宰相の最後の賭けは、もろくも崩れ去った。
「ぐっ……! なぜだ。なぜ、我らの動きが、ことごとく……!」
縄を打たれたヴェルナーが、悔しげに呻いた。
「あなた方は、影で動くことに慣れすぎたのです」静かに、告げた。
「けれど、世界には。その影を、すべて照らし出す光がある。——わたくしたちの、力が」
◇
ヴェルナーは、捕らえられた。
けれど、肝心の前宰相の姿は、どこにもなかった。
手勢を、囮にも奇襲にもつぎ込みながら。
当の本人は、またしても、姿をくらませている。
「……逃げ足だけは、相変わらず速いですね」わたくしは、ため息をついた。
「だが、もう追い詰めた」アルヴィスが言った。
「王都の足場も、戦力も失った。——奴に残された場所は、もう、ほとんどない」
その通りだった。
前宰相は、もはや裸同然。
あとは、その逃げ込んだ先を突き止め、捕らえるだけ。
「ティナ。——前宰相の行方を、追えますか」
「やってみる」ティナが、水鏡を覗き込む。
けれど、すぐに、その顔が曇った。
「……だめ。また、あの黒いもやが。前宰相のいる場所だけ、すっぽりと隠れてる」
◇
黒いもや。
——水鏡を弾く、術具の力。
前宰相は、その術具を使って、ティナの追跡から逃れている。
やはり、あの男は。
滅びを望む者たちの力を、その身に深く宿しているのだ。
「……ですが、いずれ、必ず見つけ出します」わたくしは、決意を新たにした。
「あの男を捕らえ。その口から、“より大きな黒幕”の正体を、聞き出す。——それが、世界を救う、次の一歩です」
◇
戦いの後。
わたくしは、ガルム将軍に、深く頭を下げた。
「本当に、助かりました。——あなたが来てくれなければ、危ういところでした」
「なに、礼には及ばん」ガルムは、豪快に笑った。
「困ったときは助け合う。——それが、絆ってもんだろう。あんたが、俺たちに教えてくれたことだ」
その言葉が、胸に染みた。
料理で繋いだ、国を越えた縁。
それが今夜、確かに命を救う力になった。
一人では、たどり着けなかった場所に、わたくしは立っている。
——皆のおかげで。
「何を、考えている」アルヴィスが、隣に並んだ。
「ここまで来られたのは、皆のおかげです」微笑んだ。
「前宰相を捕らえれば、きっと、すべての謎に近づける。待っていてください。あなたの背後にいる本当の敵を。——必ず、その正体を暴いてみせます」
前宰相との決着は、もう、目前に迫っていた。
そして、その先に待つ、本当の敵の影も。
——少しずつ、その輪郭を現しはじめていた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
続きが気になったら、評価とブックマークで応援いただけると執筆の励みになります!




