第94話 集いし、声たち
ヴェルナーの襲撃を退けた、数日後。
ヴァルドは、表向き平穏を取り戻していた。
けれど、わたくしの胸には、宰相の言葉が、澱のように重く残り続けていた。
——わしも、ただの駒。わしの上に、もっと大きな意志がある、と。
それに、あの襲撃が、こちらの力を量る、ただの小手調べだったという事実も。
敵は、次の手を必ず打ってくる。
その夜。
わたくしは、アルヴィス、ティナ、ダグを書斎に集めた。
「みんなに、改めて、話しておきたいことがあります」
机の上に、五つの珠を並べ、地図を呼び出す。
空中に、世界の像が浮かび上がった。
救った神々の、穏やかな光。
残る、赤黒い光点。
そして——点在する、白い光。
◇
「これが、わたくしたちの戦いの、全体像です」
わたくしは、皆に、これまでの真実を語った。
原初の神“あのお方”の、絶望と眠り。
世界の滅びを止める、神の舌の使命。
そして——その使命を阻しようとする、滅びを望む者たち。
あの宰相でさえ、その駒の一つにすぎないこと。
「つまり……俺たちは」
ダグが、ごくりと唾をのんだ。
「世界の滅亡を止める戦いを、してるってことか」
「ええ」
わたくしは頷いた。
「途方もない話に、聞こえるかもしれません。
——でも、わたくしたちには、できることがある。
神々を、一柱ずつ救い、人と繋ぎ直す。そして、同じ力を持つ仲間を集める。
——そうやって、滅びの流れに抗うんです」
ティナとダグは、しばらく黙って地図を見つめていた。
あまりに大きな運命。
けれど、二人の目に、恐れはなかった。
◇
「わたし、やる」
ティナが、まず口を開いた。
「セラ様が、わたしを救ってくれた。今度は、わたしが誰かを救いたい。
——この力で。世界のために」
「俺もだ」
ダグが続いた。
「ずっと厄介者だった、この力が。世界を救う力になるなら。
——使わない手は、ねえ。あんたたちと、一緒に戦うよ」
二人の力強い言葉に、胸が熱くなった。
かつて孤独に苦しんでいた、子どもたち。
それが今、確かな意志を持って、同じ道を歩もうとしている。
「ありがとう。——心強いです」
微笑んだ。
「でも、無理はしないでください。あなたたちは、まだ若い。
——戦うことだけが、役目ではありません。
あなたたちが、笑って暮らせること。それも、わたくしたちが守りたい、世界の形なんですから」
◇
「それに——仲間は、まだ増えます」
わたくしは、地図の白い光を指さした。
点在する、いくつものささやかな光。
「世界には、まだ、神の声を聞く者たちがいます。ティナや、ダグのように。
孤独に苦しみ、自分の力を持て余している、誰かが。
——その人たちを、一人ずつ迎えに行きましょう」
それは、滅びを望む者たちとの競争でも、あった。
奴らが“器”として確保する前に。
わたくしたちが、先にたどり着き、仲間として迎え入れる。
——救いの手を、差し伸べる。
「集めましょう。世界中の、声たちを」
皆を見回した。
「ばらばらだった声を、一つに。
——いつか、その力が結集したとき。きっと、“あのお方”の絶望さえ解く、鍵になる」
アルヴィスが、頷いた。
「ああ。——壮大な旅に、なりそうだ。だが」
彼は、ふっと口元を緩めた。
「お前と一緒なら。退屈は、しなさそうだ」
その言葉に、皆が笑った。
張りつめていた空気が、ふっと和らぐ。
ティナとダグが、明日の打ち合わせをしながら書斎を出ていく。
二人の背中は、もう、出会った頃の怯えたものではない。
確かな居場所と役目を得た者の、頼もしさが宿っていた。
◇
二人を見送ったあと。
アルヴィスが、わたくしの隣に立った。
「お前は、また、背負うものを増やしたな」
彼が、静かに言った。
けれど、その声に、咎める響きはなかった。
むしろ、いとおしむような響き。
「ええ」
わたくしは頷いた。
「でも、不思議と軽いんです。
——一人で背負っていた頃より、ずっと」
仲間がいる。分かち合える者がいる。
だから、どんなに大きな運命も、もう怖くはない。
「お前は、強くなった」
アルヴィスが、わたくしの髪をそっと撫でた。
「初めて会った、あの日。馬車から降りてきた、青ざめた令嬢が。
——まさか、世界を救う女になるとはな」
「あなたが、隣にいてくれたからです」
彼を見上げて、微笑んだ。
「これからも。——どこまでも、一緒に」
「ああ。——二人で。いや」
アルヴィスが、書斎の扉の向こう、仲間たちの気配のするほうへ目をやった。
「みんなで、だ」
その言葉が、何より嬉しかった。
冷たかった、氷の死神。
それが今、こんなにも、たくさんの温もりに囲まれている。
——わたくしの料理が変えた、世界の、ささやかで確かな、一つの形だった。
◇
窓の外には、満天の星。
その一つ一つが、まるで地図の白い光のように瞬いている。
世界のどこかで、孤独に声を聞いている、まだ見ぬ仲間たち。
——待っていてください。必ず、迎えに行きますから。
「さあ。——明日からも、一歩ずつ」
わたくしは、五つの珠を握りしめた。
味、潤い、水、火、風。救ってきた神々の加護。
そして、集いはじめた、声を聞く仲間たち。
ヴァルドという、あたたかい帰る場所。
すべては、ひと皿の料理から始まった。
痩せた辺境を実らせ、凍った心を溶かし、孤独な魂を救い。
——その小さな優しさの積み重ねが、今、世界を救う大きなうねりに、なろうとしている。
まだ見ぬ仲間のもとへ。
まだ見ぬ神のもとへ。
そして、いつか——世界の運命を分かつ、“あのお方”のもとへ。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
続きが気になったら、評価とブックマークで応援いただけると執筆の励みになります!




