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【7/5 7AMに最終話投稿予定】追放された令嬢ですが、前世は料理人でした ~辺境で餌付けしていたら、冷徹な旦那様に溺愛されています~  作者: P作
第10章 集う、声たち

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第93話 宰相の思惑

黒ずくめの集団が、ヴァルドの門前に迫った。


けれど、わたくしたちは、すでに備えていた。

ティナの水鏡と、ダグの地の声で、敵の動きはすべて筒抜け。


裏手から忍び寄った別働隊は、待ち構えていたアルヴィスと村の男たちが、難なく取り押さえた。


正面の集団も、ヴァルドの固い守りを前に攻めあぐねている。

先頭の馬上で、腹心ヴェルナーが、面白がるように目を細めた。


「ほう。——よく備えていたな、辺境伯夫人」


その手元には、小さな鏡。

彼は、それを、すっとわたくしたちのほうへ掲げてみせた。


鏡面が、ゆらりと揺れる。

そこに——別の、男の顔が、浮かび上がった。


「お久しぶりですな、セレスティア嬢」


鏡の中から響いた、その声に、凍りついた。

記憶の奥底に刻まれた、酷薄な響き。


——あの宰相だった。


王太子を操り、わたくしを陥れた、あの男。

安全な遠隔の地から、術具を通して、この戦を見物している。


「宰相……! やはり、あなたが裏で」


「ふん。減らず口は相変わらずだ」


鏡の中の宰相が、薄く嗤った。


「だが、見違えたぞ。あの、何もできなかった小娘が。

——立派に、わしの邪魔をするようになった」


「あなたの企みは、知っています」


鏡を見据えた。


「世界の滅びを早め、“あのお方”を目覚めさせる。

そのために、神の声を聞く者を、亡き者にする。——違いますか」


宰相の目が、鏡の中で、すっと細くなった。


「……ほう。そこまでたどり着いたか」



「だが、半分は外れだ」


宰相の声が、鏡越しに、続いた。


「神の声を聞く者を、ただ消すのではない。

——利用するのだ。お前たちの力は、“あのお方”を目覚めさせる、鍵になる」


「鍵?」


「そうとも。世界の理を司る、神々の声。それを聞く者は、世界の深奥に触れられる。

——その力を使えば、眠れる原初の神の目覚めを、早めることができるのだ」


宰相の声が、熱を帯びた。


「お前たちは、滅びを止める者ではない。

——滅びをもたらす、鍵なのだよ」


その言葉に、ぞっとした。


神の声を聞く力。

それが、世界を救うためだけでなく、滅ぼすためにも使えるというのか。


「だから、お前たちを“器”と呼ぶのだ」


宰相は、嗤った。


「“あのお方”の力を注ぎ込む、器。

——お前たちは、生まれながらに、その役目を負っている」


長く謎だった、「器」という言葉。

その不吉な意味が、いま、明かされた。



「……ふざけないでください」


わたくしは、込み上げる怒りを抑えて言った。


「わたくしたちの力は、人を笑顔にするためのもの。

神と人を繋ぎ、世界を救うためのもの。

——あなたたちの、滅びの道具になど、絶対にさせません」


「させない、だと?」


宰相の目が、鏡の中で、剣呑に光った。


「ヴェルナー。——始めよ。

あの娘と、子どもらの力。とくと、見せてもらおう」


「はっ!」


ヴェルナーが、手を振り上げた。

黒ずくめの集団が、一斉に武器を構える。


けれど、わたくしは、動じなかった。


「ダグさん。——今です」


「おう!」


ダグが、地面に両手をついた。

その瞬間。


ヴェルナーの馬の足元の地面が、ぐらりと揺らいだ。

ダグが、地の声で、もろい地盤を見抜いていたのだ。


「ぬっ!?」


ヴェルナーの馬が棹立ちになり、隊列が乱れる。



その隙を、アルヴィスは見逃さなかった。


「——行くぞ」


氷の死神が、門を開いて躍り出る。

混乱する敵中へ、まっすぐ斬り込んでいった。


ティナの水鏡が、敵の死角を読み、ダグの地の声が足場を操る。

村の男たちも奮い立ち、武器を手に続いた。


連携の取れた、ヴァルド勢の前に。

黒ずくめの集団は、みるみる、崩されていく。


「ぐっ……! 引けっ、いったん引けっ!」


ヴェルナーが、苦々しげに退却を命じた。


けれど——その表情に、焦りは薄かった。

むしろ、何かを見極めたような、冷静さがある。



「……見事だ」


鏡の中の宰相が、ゆっくりと手を叩いた。

撤退する手勢を背に、その声は、むしろ満足げだった。


「地の声、水の鏡、そして、食を操る舌。

——神の声を聞く者が三人、これほどの連携を見せるとはな。良いものを見せてもらった」


その余裕の口ぶりに、ぞっとした。

——この男は、最初から、勝つつもりなど、なかったのだ。


「まさか、あなた。——今日の襲撃は」


「ふん。察しが良いな」


宰相は、嗤った。


「そうとも。これは、ほんの小手調べ。

お前たちの力が、どれほどのものか。——その目方を、量らせてもらったまでよ。

おかげで、実に有益な知見が、得られた」


ヴァルドの防備。能力者たちの連携。

その、すべてを。


宰相は、この襲撃で、冷徹に観察し、記録していた。

——次の、本当の一手のために。


武力で敗れたのではない。

最初から、これは、敵の掌の上だったのだ。



「セレスティア嬢。——ひとつ、教えておいてやろう」


去り際、宰相が、鏡の中で嗤った。


「お前は、わしを黒幕だと思っているのだろう。

——だが、違う。わしも、ただの駒のひとつにすぎん。

わしの上には、もっと大きな意志がある。

——“あのお方”の目覚めを、本当に望む者が。お前が、どれだけわしを退けようと。その大いなる流れは、止められぬぞ」


その言葉に、背筋が寒くなった。


宰相ですら、駒。

——では、本当の黒幕は、いったい誰なのか。

世界の滅びを望む、その、大いなる意志の正体とは。


「……必ず、突き止めてみせます」


遠ざかる鏡の像に、誓った。


「あなたも。あなたの、上にいる者も。

——すべての、企みを」


鏡の像が、ふっと消えた。

ヴェルナーの集団も、土煙を上げて去っていく。


ヴァルドは、守り抜かれた。

けれど、勝利の余韻はなかった。


——むしろ、こちらの手の内を、すべて見透かされた。

そんな、底冷えのする後味だけが残った。



戦いのあと。

わたくしは、皆を、ねぎらった。


「よく戦ってくれました。

——みんなのおかげで、ヴァルドを守れました」


ダグが、照れくさそうに頭を掻く。

ティナが、ほっとした顔で笑う。

村の男たちも、誇らしげだった。


けれど、ダグだけは、ふと、表情を、曇らせた。


「なあ、セラさん。——あいつの言った、“器”って話。本当、なのか」


その問いに、場の空気が、ひととき沈んだ。


神の声を聞く力が、世界を滅ぼす鍵にもなる。

——その事実は、わたくしたちの心に、重く、のしかかっていた。


「……どう使うかは、わたくしたち次第です」


力を込めて、言った。


「同じ力でも、人を救うことも、滅ぼすこともできる。

——なら、わたくしたちは、救うために使う。それだけです」


その言葉に、ダグの顔から迷いが消えた。

ティナも、力強く頷く。


逃げる宰相の背を見つめながら。

わたくしは、これが終わりではないことを、確信していた。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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