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【7/5 7AMに最終話投稿予定】追放された令嬢ですが、前世は料理人でした ~辺境で餌付けしていたら、冷徹な旦那様に溺愛されています~  作者: P作
第10章 集う、声たち

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第92話 水鏡に映る影

平穏が破られたのは、ある朝のことだった。


ティナが、いつものように水鏡で村の見回りをしていたとき。

ふいに、その顔がこわばった。


「セラ様……来て。——変なものが、映ってる」


駆けつけると、ティナは、桶の水面をじっと見つめていた。


その水鏡には、ヴァルドのはるか外。

街道のあたりの景色が映っている。

そこに——いた。


黒ずくめの集団。

鉱山町で対峙した者たちと、同じ装束。

それが複数、ヴァルドへと続く街道を進んでいた。


「……また、来たんですね」


わたくしは、息をのんだ。



すぐに、アルヴィスと、ダグを呼んだ。


「数は?」


アルヴィスが、鋭く問う。


「水鏡で見えるかぎり……十人、いえ、もっと」


ティナが青ざめた。


「鉱山のときより、ずっと多い。

それに——今度のは、ただの手駒じゃない。何か、もっと嫌な気配がする」


ダグが、地面に手を当てた。


「……地響きが聞こえる。馬の蹄。それに、武装した人間の足音。

——間違いない。こっちに向かってる」


ヴァルドが、狙われている。

——その事実に、背筋が冷えた。


けれど、すぐに考えを巡らせた。

なぜ、今、ヴァルドを。

鉱山で、ダグを取り逃がした報復か。それとも——。


「ティナ。——その集団の先頭。指揮を執っている者を、映せますか」



ティナが、水鏡に意識を集中させる。


水面の像が、ぐっと寄っていく。

黒ずくめの集団の先頭。


馬上で、ゆったりと揺られる、一人の男の姿が、映し出された。


鋭い目つきの、長身の男だった。

見覚えはない。


けれど、その立ち居振る舞いには、ただ者ではない剣呑な迫力が、あった。


「あの男は……?」


ティナが、さらに水鏡を覗き込む。


「集団の中で、皆が、あの人を“ヴェルナー様”と呼んでる。

それに——時々、手元の、何か小さな鏡みたいなものに話しかけてる。誰かと、やりとりしてるみたい」


その言葉に、はっとした。


手元の鏡で、遠くの誰かと連絡を取る。

——あれは、こちらの水鏡と似たような、術具かもしれない。


つまり、あの男の背後に、本当に指示を出している者が、別にいる。


「……ヴェルナー。聞いたことのない名です」


唇を、噛んだ。


「でも、あの男を操っている者。——心当たりは、あります」


王太子を操り、わたくしを陥れ、王国を裏から蝕んでいた、あの男。

処刑前に脱走したと聞いていた——宰相。


あの狡猾な男なら、自らは安全な場所に身を置き、腹心を前線に立たせるだろう。


「脱走した宰相。——その腹心が、ヴァルドへ向かっている」


わたくしの声が、震えた。


世界の滅びを望む者たちの中枢に連なる、危険な男。

それが今、手駒を率いて、ヴァルドを狙っている。



「知っている男か」


アルヴィスが、わたくしのただならぬ様子に気づいた。


「ええ」


頷いた。


「王国の、元宰相。わたくしを追放に追い込んだ、黒幕の一人。

——かつ、世界の滅びを企む者たちの、中心にいる男です。あのヴェルナーという男は、その腹心でしょう」


宰相は、決して自らは前に出ない。

安全な場所から、腹心に手駒を率いさせ、結果だけを見届ける。

——それが、あの男のやり方だった。


今回の襲撃も、宰相にとっては、何か別の狙いがあるはず。

それを、見誤ってはならない。


「狙いは、わたくしか。それとも、ダグや、ティナか」


「神の声を聞く者が、これだけ集まった、このヴァルドを。

——奴らは、見過ごせなくなったのかもしれません」


世界の声を聞く者たちの、集う場所。

それは、滅びを望む者たちにとって、最大の脅威。


だからこそ、宰相は、腹心を送り込み、その芽を摘もうとしている。



「セバス! 村の女子供を、館の奥へ。動ける男手は、防備を固めて!」


わたくしは、すぐさま指示を飛ばした。


ヴァルドは、かつての痩せた辺境ではない。

屈強な働き手も、団結した村人も、いる。

一朝一夕で落とせる土地では、もはやない。


ティナの水鏡が、敵の接近を刻一刻と捉える。

ダグの地の声が、敵の進路を正確に読む。

アルヴィスが、村の守りを手際よく配する。


——かつて、たった二人で始めた辺境が、今や、これだけの人と力で、外敵に立ち向かおうとしている。


ふと、水鏡の中のヴェルナーが、薄く嗤った気がした。

手元の鏡に、何ごとか囁いている。

——その向こうの、宰相に。


こちらの動きを、逐一、報告しているのだろう。

その様子が、不気味だった。


あの宰相は、何か企みを抱えている。

ただ、力押しで芽を摘みに来た、単純な攻撃ではない。


「油断はできません」


わたくしは、気を引き締めた。


「あの男は、いつも、裏で糸を引くやり方を好みます。

——正面から来ると見せて、別の手を、隠しているはず」


そのときだった。

水鏡を覗いていたティナが、はっと息をのんだ。


「セラ様……ヴェルナーの集団とは、別に。

もう一つ、小さな影が……街道を逸れて、ヴァルドの裏手の山のほうへ」


やはり。

——唇を、噛んだ。


正面の大軍は、囮。

本命は、その隙に、別の道から忍び寄る、少数の手練れ。

宰相が腹心に授けた、狡猾な、二段構えだ。


「ダグさん。裏手の山は、地の声で追えますか」


「ああ。——任せろ」


ダグが、力強く頷いた。


「あいつらが、どこを通ろうと。

地面の上を歩くかぎり、俺の耳から逃れられねえ」


ティナの水鏡が、空と地表の死角を。

ダグの地の声が、足元の気配を。

——二人の力があれば、どんな奇策も見通せる。


敵の狡猾さを、こちらの結束が上回っていた。



「迎え撃ちましょう」


わたくしは、皆を見回して言った。

その声に、もう、震えはなかった。


「ここは、わたくしたちの家です。守るべき人たちが、いる場所です。

——あの男の好きには、絶対にさせません」


アルヴィスが頷き、剣に手を添えた。

ダグが拳を握り、ティナが水鏡を抱きしめる。


皆の目に、覚悟の光が宿っていた。


かつて、わたくしを捨てた、あの宰相。

断罪の宴で、その罪を暴き、追い詰めたはずだった。

けれど、奴は処刑を逃れて生き延び、今、その手の者を、差し向けてきた。


ヴェルナーという、腹心。

そして、その背後で糸を引く、宰相。


——あの頃のわたくしとは違う。


今のわたくしには、守るべき仲間が、頼れる夫が、そして、救ってきた神々の加護が、ある。


「来なさい。——あの男の企みを、ここで、食い止めます」


ヴァルドの空に、不穏な雲が垂れ込めはじめた。


最後まで読んでいただきありがとうございます。

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