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【7/5 7AMに最終話投稿予定】追放された令嬢ですが、前世は料理人でした ~辺境で餌付けしていたら、冷徹な旦那様に溺愛されています~  作者: P作
第10章 集う、声たち

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第91話 声を聞く者たちの、食卓

ダグが、ヴァルドに来て、ひと月。


無骨な青年は、すっかりこの地に馴染んでいた。

地の声を聞く力は、ヴァルドでも大いに役立った。


井戸を掘るべき場所。崩れそうな崖。鉱脈の在りか。

——彼が地面に手を当てれば、土地のあらゆる秘密が明らかになった。


「ここの地下に、水脈がある」


ダグが、乾いた畑の一角を指さした。


「掘れば、新しい井戸が作れるぜ。水やりが、ぐっと楽になる」


その言葉どおり、掘り当てた井戸は、こんこんと清らかな水を湧き出させた。

村人たちは、歓声を上げた。


かつて鉱山で嘘つきと笑われた青年が、今では、ヴァルドの頼れる技師だった。



ティナと、ダグ。

二人の力は、見事に噛み合った。


ティナが、水鏡で作物や家畜の調子を読み。

ダグが、地の声で土地の状態を読む。


二人の知見を合わせれば、ヴァルドの農業は、これまで以上に豊かになっていった。

そして、その実りを、わたくしが料理に変える。


「今日は、ダグが掘った井戸の水と、ティナが見立てた野菜で、特製のスープを作りましょう」


採れたての瑞々しい野菜を、たっぷりと。

澄んだ井戸水で、じっくりと煮込む。


ティナが「いちばん甘い」と選んだ人参は、煮るほどに、とろりと蜜のような甘みを溶かし出した。

ダグの井戸水は、雑味がなく、素材の味をまっすぐに引き立てる。


仕上げに、香草をひとつまみ。

湯気とともに、爽やかな香りが、立ちのぼった。


ことこと、と煮える鍋を、ティナとダグが、わくわくと覗き込む。


「セラ様の料理、見てるだけで、お腹が鳴っちゃう」

「……俺、鉱山にいた頃は、飯なんて、腹が膨れりゃいいと思ってた。なのに、今は……飯の時間が、いちばんの、楽しみだ」


椀によそって、皆で囲む。


ひと口すすれば、野菜の甘みと香草の香りが、口いっぱいに広がった。

食卓を囲む、皆の顔がほころんだ。


「うめえ……」


ダグが、しみじみと呟いた。


「ヴァルドに来て、よかった。

——こんなあたたかい場所、知らなかった」


その言葉に、胸が温かくなる。


世界の声を聞く者たちが、一つの食卓を囲んでいる。

それは、不思議で、けれど、とても満ち足りた光景だった。


料理は、ただ腹を満たすだけのものではない。

傷ついた心を癒し、ばらばらだった者たちを、一つに繋ぐ。

——それを、改めて、実感する。



その夜。

わたくしは、アルヴィスと二人で、夜風に当たっていた。


「賑やかに、なったな」


アルヴィスが、穏やかに言った。


「お前が来てから。

——この、ヴァルドは本当に変わった」


「ええ」


わたくしは頷いた。


「飢えていた土地が実り。冷たかった人々の心がほどけて。

——そして今は、行き場のなかった子たちの居場所にも、なっている」


最初は、たった二人だった。

冷徹な辺境伯と、追放された令嬢。

それが、今では、こんなにもたくさんの人に囲まれている。


「全部、お前の料理が始まりだ」


アルヴィスが、わたくしを見つめた。

その瞳に、深い愛情が宿っている。


「お前は、ひと皿で、世界を変えていく。

——おれは、そんなお前を、誇りに思う」


「アルヴィス様……」


さらりと告げられる、その言葉に。

何度聞いても、胸が高鳴る。


冷たかったはずのこの人は、いつのまにか、わたくしをこんなにも甘く包んでくれる。


「……わたくし一人では、何もできませんでした」


わたくしは、彼に寄り添った。


「あなたが、隣にいてくれたから。

——ここまで来られたんです」


「逆だ」


アルヴィスが、静かに首を振った。


「おれのほうこそ。

——お前が来るまで、おれは、過去の罪に縛られて凍りついていた。領民を飢えさせた、あの後悔から、一歩も動けなかった」


彼の指が、わたくしの頬に、そっと触れた。


「お前が、その氷を溶かしてくれた。

——だから、おれは、もう一度前を向けた。お前は、おれにとっての、最初の一皿だったんだ」


その言葉に、胸がいっぱいになる。


冷たかったはずのこの人が、こんなにもまっすぐに、想いを告げてくれる。

わたくしは、込み上げるものをこらえきれず、彼の胸に顔を埋めた。



アルヴィスの腕が、そっと、わたくしの肩を抱き寄せた。


夜空には、満天の星。

ヴァルドの、穏やかな夜だった。


遠く、村のほうから、ダグと、ティナと、子どもたちの笑い声が聞こえてくる。


守りたいものが、増えた。

——それは、背負うものが増えた、ということでもある。


けれど、不思議と、重荷には感じなかった。

むしろ、その一つ一つが、わたくしを強くしてくれる。


「アルヴィス様。——わたくし、決めました」


星空を、見上げて言った。


「この、あたたかい場所を。みんなの笑顔を。

——絶対に守り抜きます。たとえ相手が、世界の滅びを望む者たちでも。“あのお方”でも」


「ああ。——二人でだ」


アルヴィスが、力強く頷いた。


「いや。もう、二人だけじゃないな」


その言葉に、わたくしは微笑んだ。

そうだ。もう、独りでも二人でもない。たくさんの仲間が、いる。


穏やかな夜が、更けていく。


——その夜気の甘さを、断ち切るように。

やがて、運命の歯車が、軋みを上げて、回りはじめるのだった。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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