第90話 地を読む仲間
捕らえた、黒ずくめの男たちを、どうするか。
わたくしたちは、まず、彼らを鉱山町の自警団に引き渡すことにした。
坑道荒らしや、人さらいの咎で。
けれど、その前に——一人だけ、別に、話を聞くことにした。
指揮を執っていた、あの先頭の男から。
「お前たちの目的は、何です」
縛られた男に、問う。
「“器”とは、何のこと?
誰の命令で、動いている?」
男は、しばらく黙していた。
けれど、やがて嗤った。
「……無駄だ。我らは、何も語らん。
だが、ひとつだけ、教えてやろう」
男の目が、昏く光った。
「お前たちが、どれだけあがいても。
——“あのお方”が目覚めれば、すべて終わる。我らは、その露払いにすぎん」
◇
“あのお方”。
——その言葉に、わたくしは、確信した。
やはり、この者たちも、世界の滅びを望む者たちの一味。
各国の野心家と、同じ流れの中にいる。
神の声を聞く者を付け狙い、その知識を葬り、あるいは利用しようとする。
——すべては繋がっている。
「お前たちの頭目は、誰です」
わたくしは、なおも問うた。
けれど、男は、もう口を開かった。
ただ、不気味な笑みを浮かべるだけ。
それ以上は、何を聞いても無駄だった。
「……いいでしょう」
わたくしは、立ち上がった。
「いずれ、その頭目とも相まみえることになる。
——そのときは、必ず、あなたたちの企みを暴いてみせます」
捕らえた男たちは、自警団の牢へと送られた。
けれど、その背後に潜む、巨大な影の存在を。
わたくしは、改めて肌で感じていた。
◇
数日後。
坑道の危機が、町を襲った。
ダグが、かねて警告していた、あのもろい区画。
そこが、ついに崩落しかけたのだ。
坑道の中には、まだ数人の鉱夫が取り残されている。
「みんな、逃げろ! その区画は、もうもたない!」
ダグが、坑道の入り口で叫んだ。
けれど、煤に汚れた鉱夫たちは半信半疑だった。
これまで、ずっと、彼の言葉を信じてこなかったのだから。
「ダグさんの言うとおりです!」
わたくしは、前に出た。
「わたくしは、ヴァルド辺境伯の妻、セレスティア。
——彼の力は、本物です。今すぐ、坑道から離れてください!」
よその土地の、それも辺境伯夫人という肩書き。
その言葉に、鉱夫たちは、ようやく動いた。
半信半疑のまま、けれど、急いで坑道から退避していく。
◇
その直後だった。
轟音とともに、坑道の奥が崩れ落ちた。
土煙が、立ち込める。
——もし、退避が少しでも遅れていたら。
間違いなく、大勢の死者が出ていた。
「……間に合った」
ダグが、へなへなと座り込んだ。
鉱夫たちは、呆然と崩れた坑道を見つめていた。
そして——気づいたのだ。
ダグの警告が、本物だったこと。
彼の力が、自分たちの命を救ったことに。
「ダグ……お前、本当に聞こえてたのか。地面の、声が」
「俺たちは……お前を、ずっと嘘つきだと……すまなかった」
鉱夫たちが、口々に詫びた。
長年、気味悪がられ罵られてきたダグに。
初めて、感謝と謝罪の言葉が、向けられた。
ダグの目に、涙があふれた。
長く欲しかった言葉が、ようやく、届いたのだ。
◇
「……これで、いいのか」
旅立ちの朝。
ダグは、生まれ育った鉱山町を振り返った。
「ようやく、みんなに認めてもらえたのに。——出て、いって」
「あなたの力は、もっと大きなことのために必要なんです」
わたくしは言った。
「でも、いつでも帰ってこられます。
——ここは、あなたの故郷ですから」
ダグは、頷いた。
その顔に、もう迷いはなかった。
町の人々に見送られ、わたくしたちは、ヴァルドへの帰路に就いた。
三人目の仲間を、連れて。
「ヴァルドって、どんなところだ?」
ダグが、尋ねた。
「あたたかいところです」
ティナが、先輩風を吹かせて答えた。
「みんな優しくて。セラ様のご飯が、すごくおいしくて。
——きっと、ダグも好きになる」
そのやりとりに、わたくしは、微笑んだ。
救われた者が、また次の誰かを迎え入れる。
優しさの輪が、また一つ、広がっていく。
◇
数日の旅を経て、一行は、ヴァルドへ帰り着いた。
ティナの言ったとおりだった。
セバスも村人たちも、新しい仲間を、あたたかく迎えてくれた。
無骨で人見知りのダグは、最初こそ戸惑っていたが——その夜、わたくしの作った料理を口にして、すべての警戒を解いた。
鉱山の硬い乾物しか知らなかった彼の前に並んだのは、ヴァルドの恵みをふんだんに使った、あたたかな食卓だった。
煮込みの湯気。焼きたてのパン。とろけるチーズ。
——ダグは、最初のひと口で、目を見開いた。
「……なんだ、これ」
ごつい手で椀を握ったまま、ダグが、呆然と呟いた。
「この野菜……土の、声がする。
豊かな土に、たっぷり根を張って育った……生命の、声だ。
鉱山の、痩せた土とは、まるで、違う。
——こんな、力強い“声”を持った食いもん、俺は、知らねえ」
地の声を聞く彼には、ただ美味しいだけではなかった。
その一皿から、ヴァルドの肥沃な大地が育んだ、生命の力そのものが流れ込んでくるのだ。
痩せた鉱山で生きてきた青年にとって、それは衝撃だった。
豊かな土地が、豊かな実りを生み、豊かな味になる。
——その当たり前の幸福を、彼は、生まれて初めて舌で知ったのだ。
ごつい肩を震わせながら、ダグは、夢中で料理を頬張った。
煤と孤独の日々ですり減っていた心が、あたたかい一皿でほどけていく。
それは、ティナのときと、同じ光景だった。
「これからは、毎日食べられますよ」
わたくしが言うと、ダグは、くしゃりと顔を歪めて笑った。
◇
胸元の、五つの珠が、応えるように淡く光った。
仲間を集める旅は、着実に、実を結びはじめていた。
地の声を聞くダグ。
生き物の声を聞くティナ。
そして、食材の声を聞く、わたくし。
——少しずつ、けれど確かに、世界の声を聞く者たちが、ヴァルドに集いはじめている。
「いつか、この子たちと一緒に。
——“あのお方”のもとへ、たどり着けるのかもしれませんね」
その夜。
わたくしは、隣のアルヴィスに、そっと呟いた。
「ああ」
アルヴィスは、頷いた。
「だが、焦りは禁物だ。
——一人ずつ、確かに繋いでいけばいい。お前の、料理が、そうしてきたように」
その言葉に、胸が温かくなる。
一人ずつ、確かに。
——そうやって、わたくしたちは進んでいく。
けれど、ふと、胸の奥で、小さな警鐘が鳴った。
神の声を聞く者が一所に集うということは、それを狙う者たちにとっても、格好の的になるということ。
——あたたかな食卓のすぐ外側で、冷たい歯車が回りはじめている。
そんな嫌な予感が、拭えなかった。
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