第89話 声を合わせて
黒ずくめの男たちが、じりじりと間合いを詰めてくる。
廃坑を背にした、わたくしたち。
前方には四人、退路にも一人。
アルヴィスが剣を構え、わたくしとティナとダグを、背に庇う。
「無駄な抵抗はやめろ」
先頭の男が、冷たく言った。
「我らの目的は、その小僧だけだ。
——大人しく渡せば、女子供には手を出さん」
「お断りします」
きっぱりと、答えた。
「ダグさんは、わたくしたちの仲間。
——指一本、触れさせません」
男の目が、すっと細くなった。
「……ならば、まとめて始末するまで」
男たちが、一斉に得物を振りかざし、襲いかかってきた。
◇
アルヴィスが、前に躍り出た。
「氷の死神」の異名は、伊達ではない。
襲い来る刃を、最小限の動きでいなし、打ち払う。
一人、また一人と、その剣の前に倒れていく。
けれど、敵は五人。
一人ですべてを抑えるのは難しい。
男の一人が、アルヴィスの脇をすり抜け、ダグへと迫った。
「ダグさん!」
そのとき。
「——右の足場! 崩れるぞ!」
叫んだのは、ダグだった。
地の声を聞く彼には分かったのだ。
男が踏み込もうとした、その地面が——もろい廃坑の坑口の上だと。
次の瞬間。
男の足元の地面が崩落した。
「うわっ!?」
男は体勢を崩し、穴へと転げ落ちる。
ダグの警告のおかげだった。
「すごい……! ダグさんの力が、戦いに!」
ティナが、目を見開いた。
◇
「ティナ! あなたも、力を貸して!」
「う、うん!」
ティナは、水鏡を覗き込み、必死に意識を集中させた。
生き物の声を聞く力。それを今、敵の動きを読むために使う。
「セラ様! 左から二人! 回り込んでくる!」
水鏡は、近くの小動物や鳥の目を通して、死角の敵の動きまで捉えていた。
ティナの声で、わたくしたちは、見えない位置からの襲撃を、ことごとくかわせた。
「なん、だと……!?」
敵が、動揺する。
死角を突いたはずの攻撃が、ことごとく読まれている。
地の声で足場を読み、水鏡で死角を読む。
——二人の力が、アルヴィスの剣を強力に支えていた。
「ダグさん、ティナ! 二人とも、声を出し続けて! わたくしが、最善の手に繋ぎます!」
そこからの攻防は、まるで、ひとつの流れるような舞のようだった。
「セラ様、右奥! 岩陰から、一人、弓を構えてる!」
ティナの水鏡が、まず、死角の伏兵を捉える。
その情報を、瞬時に、戦術へと翻訳する。
射手を討つには、距離がある。
ならば——誘い込む。
「アルヴィス様! その射手を、左の、崩れかけた坑口へ追って!」
アルヴィスが、地を蹴った。
射手に的を絞らせぬ鋭い斬撃で、じりじりと、狙った一点へ追い詰めていく。
射手は、後ずさり、やがて、わたくしの示した坑口の上へと、足を踏み入れた。
「ダグさん、——今!」
「おう!」
ダグが、その一点に、力を込める。
次の瞬間、射手の足元が、ごっそりと崩落した。
「ぐああっ!?」
悲鳴とともに、敵が、穴へと、消える。
予知し、翻訳し、誘導し、崩す。
——四人の力が、寸分の狂いもなく噛み合い、一人また一人と、敵を確実に無力化していった。
「ば、化け物どもめ……!」
男たちの余裕が、みるみる剥がれ落ちていった。
圧倒的に不利なはずだった、四対五。それが、いつのまにか逆転している。
連携が生み出す力。
それは、個々の強さの単なる足し算では、なかった。
◇
けれど、それでも、敵は手練だった。
先頭の男が、低く身を屈め、わたくしへとまっすぐ突進してきた。
アルヴィスは、別の敵と斬り結んでいる。
ティナの警告も間に合わない。
——速い。
(……でも)
わたくしは、慌てなかった。
とっさに、手にしていた調理用の香辛料の包みを、思い切り男の顔めがけて投げつけた。
ぶわっ、と舞い上がる、刺激の強い香辛料の粉。
アスタリカでもらった、火の山の激辛の香辛料だ。
「ぐあっ!? め、目が……!」
男が、顔を覆い悶絶する。
料理人の、とっさの機転だった。食材は、時に武器にもなる。
その隙に、アルヴィスが踏み込み、男を当て身で昏倒させた。
◇
最後の一人が倒れたとき。
廃坑の前には、静寂が戻っていた。
黒ずくめの男たちは、皆、地に伏している。
誰一人として欠けることなく、わたくしたちは危機を切り抜けたのだ。
「……勝った。俺たちの、力で」
ダグが、信じられない、という顔で呟いた。
ずっと厄介者だと笑われてきた、地の声。
それが今、確かに誰かの役に立った。仲間を守る力になった。
——その事実が、彼の胸を熱くしているのが分かった。
「ええ。——あなたの力が、わたくしたちを救ったんです」
微笑んだ。
「一人ではできないことも、力を合わせればできる。
——これが、仲間がいる、ということです」
ダグの目に、再び涙がにじんだ。
けれど、それは、もう孤独の涙ではなかった。
◇
「だが、これで、終わりとは思えませんね」
倒れた男たちを縄で縛りながら、わたくしは、表情を引き締めた。
この者たちは、あくまで手駒。
背後で糸を引く者が、必ずいるはずだ。
神の声を聞く者を「器」と呼び付け狙う、滅びを望む者たち。
その正体に、いつか迫らねばならない。
「ダグさん。——よかったら、わたくしたちと、共に来ませんか」
わたくしは、彼に、手を差し伸べた。
「あなたの力は、世界を救う大切な力です。
ヴァルドには、あなたを化け物だなんて言う人は、一人もいません。
——もう、独りで苦しまなくて、いいんです」
ダグは、わたくしの手と、ティナの笑顔を交互に見て。
そして、ゆっくりと、力強くその手を握り返した。
迫る影を、初めて皆で撥ね返した。
——仲間を集める旅の最初の試練を、わたくしたちは、確かに乗り越えたのだ。
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