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【7/5 7AMに最終話投稿予定】追放された令嬢ですが、前世は料理人でした ~辺境で餌付けしていたら、冷徹な旦那様に溺愛されています~  作者: P作
第10章 集う、声たち

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第88話 忍び寄る影

翌朝。

わたくしは、ダグに坑道の様子を見に、案内してもらった。


彼の力を、この目で確かめたかった。

傷ついた理由の根を知るために。


坑道の入り口に立つと、ダグは、目を閉じ、岩壁にそっと手を当てた。


「……聞こえる。山が、痛がってる」


彼は、低く呟いた。


「この奥の、新しく掘った区画。あそこは、もう限界だ。

岩が悲鳴を上げてる。——近いうちに、また崩れる」


その横顔は、真剣そのものだった。

嘘でも戯言でもない。彼は、本当に大地の声を聞いている。


わたくしの《美食家の舌》が、食材の声を聞くのと同じように。



「ダグさん。——あなたの力を、町の人に信じてもらいましょう」


わたくしが言うと、ダグは、力なく首を振った。


「無理だ。何度も試した。——誰も、聞きやしねえ」


「いいえ。今度は、わたくしたちがいます」


わたくしは微笑んだ。


「あなた一人の言葉なら、戯言と笑われても。

——三人が同じことを言えば。それも、よその土地から来た者が裏付ければ。話は、違ってくるはずです」


ダグの目に、かすかな光が灯った。


そうだ。彼は、ずっと独りだった。

独りで叫び、独りで笑われてきた。


けれど、もう違う。

わたくしと、ティナがいる。同じ力を持つ、仲間が。

——それだけで、孤独な戦いは変わる。


「……やってみるか」


ダグが、ぽつりと呟いた。

久しぶりに、希望のにじむ声で。



けれど、その矢先のことだった。


ティナが、ふいに桶の水を覗き込み、顔を青ざめさせた。


「セラ様……来る。あの、黒い影が。

——もう、この町に入ってる」


その言葉に、空気が凍りついた。


宿場町で噂に聞き、ティナが水鏡で捉えた、あの黒ずくめ。

神の声を聞く者を狙う、滅びを望む者たちの手の者。


——それが、ついに、ダグのもとへたどり着いたのだ。


「ダグさんを、狙って?」


「うん。間違いない」


ティナが、震える声で頷いた。


「“地の声を聞く者を、確保しろ”って。——そう、言ってる」


確保。

——生かして捕らえるつもりか。

その力を利用するために。あるいは、知識を奪うために。



「ダグさん。——あなたは、狙われています」


わたくしは、彼に、事の次第を手短に告げた。


世界の滅びを望む者たちが、神の声を聞く者を代々狙ってきたこと。

その手が、今、彼に伸びていること。


ダグは、にわかには信じられない、という顔をした。


「俺が……狙われてる? なんで、俺なんかが」


「あなたの力が、それだけ特別だからです」


彼の目を、まっすぐに見た。


「でも、安心してください。——わたくしたちが、あなたを守ります。

絶対に、奴らの好きにはさせません」


そのとき。

宿の外が、にわかに騒がしくなった。


窓の隙間から、そっと外を窺う。


——いた。

黒い外套を纏った数人の男が、鋭い目つきで辺りを探っている。

明らかに、堅気ではない。


「アルヴィス様」


「ああ。——気づいている」


アルヴィスは、すでに剣の柄に手をかけていた。

その目が、鋭く光る。


「数は、四、五人といったところか。

——厄介だが、お前たちは、おれが守る」



静かな緊張が、宿の中に満ちた。


ダグは、青ざめながらも拳を握りしめていた。


「俺の、せいで……あんたたちまで、巻き込んじまった」


「違います」


わたくしは、首を振った。


「あなたは、被害者です。

——そして、わたくしたちは、仲間を守るために、来たんです」


仲間。

——その言葉に、ダグの目が揺れた。


生まれて初めて、誰かにそう呼ばれた。

守るべき、守られるべき、存在として。


「逃げましょう。——まずは、この町を出て、態勢を立て直します」


わたくしは、皆を見回した。


「ダグさんの力と、ティナの水鏡。そして、アルヴィス様の剣。

——力を合わせれば、必ず、切り抜けられます」



裏口から、そっと、宿を出る。


人目を避け、路地を縫って、町の外れへ。

けれど——廃坑の近くまで来たところで、行く手に、ぬっと黒い人影が立ち塞がった。


「探したぞ。——地の声を聞く小僧」


外套の男が、低く嗤った。

その背後から、仲間が、二人、三人と現れる。


退路にも、いつのまにか別の男が回り込んでいた。

完全に、囲まれている。


「悪いが、その小僧には来てもらう」


男の声は、感情がなく冷たかった。


「我らが、長く捜してきた“器”だ。逃がすわけにはいかん」


「……器?」


わたくしは、眉をひそめた。


「貴様らには、関係ない」


男が手を上げると、仲間たちが、一斉に得物を構えた。


「邪魔をするなら——消すまでだ」


張りつめた空気。

けれど、わたくしは、ダグを背に庇って、一歩も退かなかった。


「させません」


凛と、声を放つ。


「この人は、もう独りじゃない。——わたくしたちの、仲間です」


アルヴィスが、すらりと剣を抜いた。

その刃が、鈍く光る。


ティナは、水鏡を握りしめ、ダグは、覚悟を決めた目で拳を固める。


迫る、黒い影。守るべき、新たな仲間。

これまで、影として匂わせるだけだった敵が。

いま、ついに牙を剥いて、わたくしたちの前に立ち塞がった。


仲間を集める旅は、はやくも、最初の試練を迎えていた。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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