表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【7/5 7AMに最終話投稿予定】追放された令嬢ですが、前世は料理人でした ~辺境で餌付けしていたら、冷徹な旦那様に溺愛されています~  作者: P作
第10章 集う、声たち

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
87/129

第87話 地の声を聞く者

東への旅は、十日あまりに及んだ。


平野を抜け、丘陵を越え、やがて行く手に、岩肌の剥き出した険しい山並みが現れた。

そのふもとに、目指す鉱山の町は、あった。


すり鉢状の谷に、へばりつくように築かれた灰色の町。

あちこちに、坑道の入り口がぽっかりと口を開け、石炭と鉄の匂いが立ち込めている。


鉱夫たちが、煤に汚れた顔で忙しく行き交っていた。


「ここに……その人が」


ティナが、水鏡の桶を抱えながら町を見渡した。


「うん。近い。——すぐ、近くにいる」



町に入って、すぐ。

わたくしたちは、ただならぬ空気を感じた。


鉱夫たちの顔に、濃い疲労と不安の影。

立ち話に耳を澄ませると、不穏な言葉が聞こえてくる。


「また、新しい坑道で、落盤だとよ」

「今月で、三度目だ。死人も出た。——この山は、呪われてる」

「あの小僧が、“掘るな”と騒いでたのに。聞かなかったからだ」

「ばかを言え。あんな、地面の声が聞こえるなんて戯言。気味の悪い小僧の、出まかせだろう」


地面の、声。

——その言葉に、ティナと顔を見合わせた。

間違いない。



町外れの廃坑の近くで、一人の青年が、岩に腰かけうなだれていた。


歳は、二十歳そこそこだろうか。

痩せて、煤けた身なりの若者だった。

鉱夫の一人らしい。


けれど、その表情には、深い孤独と無力感が刻まれていた。


「あなたが……地の声を聞く人ですか」


声をかけると、青年は、力なく顔を上げた。

あるいは自嘲するように笑った。


「……またか。気味の悪い小僧を見物しに来たのか。それとも、“嘘つき”をなじりに来たのか」


「いいえ」


わたくしは、首を振った。


「あなたの声を、聞きに来ました」


青年は、けげんそうにわたくしを見た。


「俺はな、聞こえるんだ。——地面の、声が」


彼は、吐き出すように言った。


「どこの岩がもろくなってるか。どこで地が軋んでるか。

——だから、“あの坑道は危ない、掘るな”と、何度も言った。なのに、誰も信じやしねえ。気味が悪いと、嘘つきだと笑うだけ。——そして、落盤が起きて、人が死んだ」



青年の握りしめた拳が、震えていた。


「俺が、もっとうまく伝えられてたら。みんなが信じてくれてたら。

——あいつらは、死なずに済んだ。なのに、俺は……何も、できなかった」


その苦しみは、ティナとも、わたくしとも、違っていた。


ティナは、力ゆえに疎まれ、孤独だった。

けれど、この青年は——力があるのに、それを誰にも信じてもらえない。


警告できるのに、届かない。

救えるはずの命を、目の前で失っていく。

それは、無力感という名の、もっと深い地獄だった。


「あなたの力は、本物です」


青年の前に、膝をついた。


「気味の悪いものでも、嘘でも、ありません。

——あなたは、本当に、地の声を聞いている」


青年が、はっと息を呑んだ。


「あなたは……俺を信じるのか? なぜ」


「わたくしも、聞こえるからです。——食材の、声が。そして、この子は」


ティナを、見た。


「水鏡で、生き物の声を聞きます。

——あなたは、独りじゃない。同じ力を持つ者は、ちゃんといるんです」


青年の、(すす)けた頬を。

一筋の涙が伝い落ちた。


長く、誰にも信じてもらえなかった、その心に。

初めて届いた言葉が、あったのだ。


「俺は……ダグ」


青年は、震える声で名乗った。


「あんたたちは……本当に、俺と同じ……?」



その夜。

わたくしたちは、ダグを宿に招き、食事を共にした。


旅の道具で、ありあわせの、けれど心を込めた一皿を作る。

あたたかいスープを、ダグは、おそるおそる口にした。


すると、ダグは、目を見開いた。


「……うまい。なんだ、これ。

こんな、あったかい飯……いつ以来だ」


煤と孤独にまみれた日々の中で、ダグは、ろくな食事もしていなかったのだろう。

湯気の立つ椀を、両手で包むように持ち、彼は、しばらく黙って、それを見つめていた。


その肩が、小さく震えていた。


「あんたたちは……なんで、こんなに、俺に、優しくするんだ」


「同じ痛みを、知っているからです」


わたくしは、静かに答えた。


「信じてもらえない、つらさを。——だから、放っておけないんです」


ダグは、スープをすすりながら、ぽつり、ぽつりと身の上を語りはじめた。


彼は、この町で生まれ育った鉱夫の息子だった。

幼い頃から、地の声が聞こえた。

父も仲間も、その力を「気味が悪い」と遠ざけた。


それでも、ダグは、町を出なかった。


「出て、いきゃ楽だったさ」


彼は、自嘲した。


「でも……俺の警告を聞かなかったせいで、死んだ奴がいる。

その償いに……せめて、これ以上、誰も死なせたくなくて。嫌われても、嘘つきと罵られても、“あの坑道は危ない”と叫び続けてきた。——でも、もう限界だ。誰も、聞いちゃくれねえ」


その言葉に、わたくしの胸は締めつけられた。

疎まれてなお、町の人々を救おうと、独りで叫び続けてきた青年。


その姿は——忘れられてなお人を想い、声をあげ続けた風の神に、どこか重なった。


「ダグさん。あなたは、立派です」


まっすぐに、彼を見た。


「嫌われても、誰かを守ろうとし続けた。

——その優しさは、決して無駄じゃない。わたくしが、保証します」


ダグは、くしゃりと顔を歪め。

そして、子どものように、声を殺して泣いた。



鉱山の町で。

地の声を聞く青年と、わたくしたちは、いま、確かに繋がった。


涙を拭うダグの顔には、もう、あの自嘲の影はなかった。

長く凍えていた心が、一杯のスープと、たった一言の「信じる」でほどけていく。


——料理は、やはり、どんな孤独にも届くのだ。

その手応えを、わたくしは、静かに噛みしめていた。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

続きが気になったら、評価とブックマークで応援いただけると執筆の励みになります!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ