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【完結】追放された令嬢ですが、前世は料理人でした ~辺境で餌付けしていたら、冷徹な旦那様に溺愛されています~  作者: P作
第10章 集う、声たち

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第86話 水鏡のしるべ

ティナが、ヴァルドに来て、ふた月が過ぎた。


少女は、すっかりこの地に馴染んでいた。

村の子らと笑い合い、畑仕事を手伝い、水鏡の力で、作物や家畜の世話に、なくてはならない存在になっている。


その頬には、もう、出会った頃の暗い影はない。


そんなある日。

わたくしは、ティナに、ひとつの相談を持ちかけた。


「ティナ。——あなたの水鏡で、試してみたいことがあるんです」


「試したいこと?」


「ええ」


五つの珠を、机に並べた。

地図が、空中に浮かび上がる。


「この地図に、白い光が、いくつか灯っているの。

——あなたや、わたくしと同じ。世界の声を聞く者の、しるしだと思います。その一つに、あなたの水鏡で、近づけないかと」



ティナは、興味深そうに、地図を覗き込んだ。


「この、白い光が……わたしと、同じ人?」


「きっと。みんな、バラバラの土地で、自分の力に戸惑っているはず。——あなたが、そうだったように」


わたくしは微笑んだ。


「もし、その人たちと繋がれたら。きっと、もう、誰も独りで苦しまずに済む」


ティナの目が、きらりと輝いた。

かつての自分のように、孤独な誰かを助けたい。

その想いが、少女を突き動かしたのだろう。


「やってみる!」


ティナは、桶に澄んだ水を張った。

そして、地図の白い光の一つを見つめながら、水面に意識を集中させていく。

——水鏡に、遠くの声を映すために。



水面が、かすかに波打った。


ティナの額に、汗が滲む。

これまで身近な生き物の声しか聞いてこなかった力を、もっと遠くへ。もっと大きく。

彼女は、必死に伸ばそうとしていた。


「……聞こえる」


ティナが、震える声で呟いた。


「遠い……山の声。岩の声。

——そして、誰かが、その声に応えてる。わたしや、セラ様みたいに……!」


「どこですか。——その人は、どこに?」


「東の……大きな山脈。鉱山の町。

そこに……地面の声を聞く人が、いる」


ティナは、目を見開いた。


「でも……その人、苦しんでる。

“また、誰も信じてくれない”って。——独りで、泣いてる」


水鏡が、新たな同志の存在を、確かに捉えたのだ。



「もっと……見える」


ティナが、なおも水面を見つめ続けた。


「その人の、まわりに……黒い、影が。何人も。

——その人を、捜してる。良くない、目的で」


その言葉に、わたくしは、はっとした。


黒い影。

——宿場町で聞いた、あの噂。

黒ずくめの集団が、逃亡者を捜している、と。


まさか、その手の者が、地の声を聞く同志まで狙っているのか。


「セラ様……わたし、こわい」


ティナの声が、震えた。


「あの黒い影、見ているだけで、ぞっとする。

まるで……世界を、壊したがってるみたいな」


世界を、壊したがっている。

——その直感は、おそらく正しい。


神の声を聞く者を消そうとする、世界の滅びを望む者たち。

その手が、いま、新たな同志に、伸びようとしている。


「……急ぎましょう」


立ち上がった。


「その人が、悪い者たちに捕まる前に。

——わたくしたちが、先に、たどり着かなければ」


のんびりした仲間集めの旅では、なくなった。

これは、時間との戦いでもある。



「……見つけましたね。よく、やりました」


わたくしは、汗だくのティナの肩にそっと手を置いた。

少女は、疲れた顔をしながらも、誇らしげに笑った。


自分の力が、誰かを救う第一歩になる。

それが、嬉しくてたまらないのだろう。


「東の山脈の、鉱山の町。——地面の声を聞く者」


わたくしは、その言葉を胸に刻んだ。


地の声を聞く力。

わたくしの舌が、食材の声を。

ティナの水鏡が、生き物の声を。

そして、その人は——大地そのものの声を聞くという。


それぞれ違う形で、世界の声を聞いている。

やはり、原初の神が各地に遺した、同じ系譜の者たちなのだ。


「アルヴィス様。——次の行き先が、決まりました」


わたくしが告げると、アルヴィスは頷いた。


「鉱山の町か。——遠いが、行く価値はある。

お前と同じ力を持つ者を、放ってはおけん。それに——黒ずくめが絡むなら、なおさらだ」



旅の支度が、整った。


今度の旅には、ティナも連れていくことにした。

水鏡で、同志の居場所を、より正確にたどるために。


そして——同じ孤独を知る少女がいれば、きっと、その人の心も開きやすい。


「わたし、頑張る!」


ティナが、意気込んだ。


「セラ様が、わたしを救ってくれたみたいに。

——今度は、わたしが、その人を助けたい」


その言葉に、胸が温かくなった。

救われた者が、次の誰かを救おうとする。

優しさが、巡っていく。


——それは、神々の絆を繋ぎ直すことと、どこか似ていた。


胸元の五つの珠が、応えるように淡く光る。

そして、まだ見ぬ、新たな同志の白い光へ。


「行きましょう。——わたくしたちの仲間に、会いに」



ヴァルドを発つ朝。

空は、どこまでも高く、澄んでいた。


「留守のことは、お任せを」


セバスが、恭しく頭を下げた。


「畑のことも、村のことも。

——お二人が戻られるまで、しかと守っておきます」


「ありがとう、セバス。——いってきます」


見送りの村人たちの中に、ティナを慕う子どもたちの姿もあった。

旅に出ると知って寂しそうにしている子らに、彼女は、しゃがんで目線を合わせ、約束した。


「すぐ、帰ってくるから。——新しいお友達を、連れてね」


その横顔は、もう、怯えてばかりだった少女のものではない。

誰かを助けに行く、頼もしい一人の同志の顔だった。


わずかふた月で、この子は、こんなにも変わった。

——料理と人の温もりが凍えた心を溶かせば、人はここまで強くなれる。


その事実が、わたくしの胸を、静かに勇気づけた。

これから出会う同志も、きっと。どれほど傷ついていても、必ず立ち直れる。


馬車が、東へと走り出す。


仲間を集める旅が、いま、本当の意味で始まろうていた。

新たな同志のもとへ。

傷だらけの魂を癒し、あたたかな居場所を作るために。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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