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【7/5 7AMに最終話投稿予定】追放された令嬢ですが、前世は料理人でした ~辺境で餌付けしていたら、冷徹な旦那様に溺愛されています~  作者: P作
第9章 風の歌集う声

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第84話 水鏡の少女

ヴァルドへの帰路。

山を下り、平野へ出たあたりで、ある宿場町に立ち寄った。


街道沿いの、にぎやかな町だった。

旅人や行商人が行き交い、市場には様々な土地の品物が、並んでいる。


久しぶりの、人里の喧騒。

料理の食材を見て回りながら、ふと、いくつかの噂が、耳に飛び込んできた。


「なあ、知ってるか。近頃、黒ずくめの集団が、このあたりを嗅ぎ回ってるって話」

「ああ、見たことがある。物騒な連中だ。なんでも、重要な逃亡者を追ってるとか。——関わらんほうがいい」


黒ずくめの集団。逃亡者。

——その言葉に、ふと、胸騒ぎを覚えた。


脱走したという、あの宰相。

そして、その背後に蠢く、世界の滅びを望む者たち。


——まさか、こんなところにまで、その影が。

考えすぎだろうか。けれど、警戒は、しておくべきかもしれない。


そう思った矢先、別の噂が、わたくしの足を止めた。


「そういや、東の湖のほとりに、不思議な娘がいるって話、聞いたかい」

「ああ。水に映して、人の心が読めるとか何とか。気味が悪いと、村を追い出されたらしいぜ」


水に、映して。

——その言葉に、胸が高鳴った。


胸元の珠が、かすかに脈打った。まるで、何かを告げるように。


(……もしかして)


断崖の国で見た、地図の白い光。神の声を聞く者の、しるし。

——その一つが、この近くにあるのではないか。


「アルヴィス様。少し寄り道を、してもいいですか」


「気になるのか。その娘の噂が」


「ええ」

わたくしは頷いた。

「水に映して、心を読む。——それが、もし、ただの噂じゃなくて、神の声を聞く力の一つの形だとしたら」


アルヴィスは、少し考えて頷いた。


「いいだろう。——確かめてみる価値は、ある」


噂をたどって、東の湖へと向かった。


湖のほとりの小さな庵に、その娘はいた。


歳は、まだ十五、六だろうか。

痩せて、目元に暗い影のある少女だった。


彼女は、湖の水面をじっと見つめていた。まるで、水と話しているかのように。


「……あなたは、誰?」


少女は、怯えた目でわたくしたちを見た。


「また……わたしを、気味悪がりに来たの? それとも、ここからも、追い払うつもり?」


「いいえ」

静かに首を振った。

「あなたに、会いに来ました。——あなたの、その力のことを知りたくて」


「力なんて、ありません……」

少女は、身を縮めて顔を背けた。

「わたしは、ただ……水に映る影が見えるだけ。人の心とか、そんなんじゃないの。なのに、みんな、勝手に気味悪がって……」


その頑なな態度の奥に、深い孤独を見た。


——かつての自分と、同じ。

理解されず、疎まれ、ハズレと笑われた、あの頃の。


「……わたくしも、昔、同じでした」


少女の隣に腰を下ろす。


「授かった力を、ハズレだと笑われて。役立たずだと追放されて。——あなたの気持ち、痛いほど分かります」


少女が、はっとわたくしたちを見た。


「でも、今は分かるんです。その力は、ハズレなんかじゃなかった。——ただ、使い方を知らなかっただけ」

と微笑んだ。

「あなたの、水に映る影を見る力。それも、きっと何か、大切な意味を持っています」


少女の、警戒に固まっていた表情が、わずかに揺らいだ。


「……あなたは、何者なの」


「セレスティア。料理を作る、ただの女です」

胸元の珠に、手を触れた。

「でも——あなたと、同じかもしれません。世界の声を聞く者として」


そう告げると、少女の目が大きく見開かれた。

そして、じっと、わたくしの目を覗き込んでくる。何かを確かめるように。


「……あなたも、なの?」

ティナの唇が震えた。

「こんなに綺麗な人なのに。——その目。わたしと、同じ。誰にも分かってもらえなかった、独りぼっちの……底のない、寂しさを知ってる目だ」


その言葉に、今度は、わたくしが息を呑んだ。

見抜かれた、と思った。


傷を負った者は、同じ傷を負った者を見分ける。

湖の水面が、二人を映して、きらきらと揺れている。


——間違いない。


胸の奥で、確信が、ともった。

この子は、わたくしと同じ。神の声を聞く者の、系譜。


地図に灯っていた、白い光の一つ。きっと、そうだ。


「わたしは……ティナ」

少女が、おずおずと名乗った。

「水鏡に、いろんな“声”が、映るの。動物の声。草木の声。——時々、もっと、大きな何かの、声も」


その言葉に、確信した。間違いない。この子も、世界の声を聞く力を持っている。

——風の歌い手や神の舌と、同じ系譜の力を。


「でも、その力のせいで……わたし、ずっと独りだった」

ティナの声が震えた。

「気味が悪いって。化け物だって。母さんも父さんも、わたしを怖がって。——どこにも、居場所がなかった」


ぽつり、ぽつりとこぼれ落ちる、少女の孤独。

それは、聞いているだけで胸が痛むほどだった。


理解されない力を抱えて、たった独りで生きてきた幼い心。

——わたくしは、思わず、その手を握っていた。


「もう、独りじゃありません」


ティナが、はっと顔を上げる。


「あなたの力は、呪いなんかじゃない。——世界に必要とされる特別な、贈り物です。わたくしには、それが分かる。だって、わたくしも同じ力を持っているから」

まっすぐに少女の目を、見た。

「あなたを、化け物だなんて、誰にも言わせません。——わたくしが保証します」


ティナの大きな瞳に、みるみる涙が盛り上がった。


生まれて初めて、自分を肯定してくれる人に出会った。

そんな、堰を切ったような涙だった。


彼女は、子どものように声を上げて、泣きじゃくった。

何年分もの孤独を、吐き出すように。


わたくしは、ただ、その背をそっと撫でた。

——かつて、誰かにそうしてほしかった、あの頃の自分を重ねながら。


「ティナ。——よかったら、わたくしたちと一緒に来ませんか」


涙が落ち着いた頃、そう切り出した。


「あなたと同じ力を持つ者が、世界にはまだいるんです。そして、その力には大切な役目がある。——わたくしが、それを教えます。あなたが、もう独りで苦しまなくていいように」


ティナは、涙に濡れた顔でわたくしを見つめ、そして、こくり、と小さく頷いた。


その瞬間、湖の水面が、二人の姿を映して、きらきらと揺れた。


——出会った。

これが、地図の白い光の一つ。神の声を聞く者の、系譜。


バラバラに、世界に散らばっていた、同志の、最初の一人。


湖のほとりで。孤独だった令嬢と、孤独な少女が。

いま、静かに出会った。



最後まで読んでいただきありがとうございます。

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