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【7/5 7AMに最終話投稿予定】追放された令嬢ですが、前世は料理人でした ~辺境で餌付けしていたら、冷徹な旦那様に溺愛されています~  作者: P作
第9章 風の歌集う声

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第83話 歌い手の系譜

風が鎮まった断崖の国で、わたくしたちは数日を過ごした。


人々は、見違えるように活気を取り戻していた。

吹き飛ばされた屋根を葺き直し、なぎ倒された段々畑に新たな種を蒔く。


風は、もう敵ではない。

穏やかな恵みの風が、人々の作業を優しく後押ししていた。


わたくしはその合間に、長から“風の歌い手”について、さらに詳しく聞いていた。


「歌い手は、特別な力を持って生まれたのですか」


「ああ」

長は頷いた。

「風の声を聞き取る、特別な耳。それは、血筋に受け継がれる稀な才だった。——もっとも、ただの才ではなかったと、言い伝えにはある」


「と、言いますと?」


長は、声を潜めた。


「歌い手は……世が乱れ、風が荒ぶるとき、決まって現れたのだという。まるで、世界が必要とするときに遣わされるかのように」


その言葉に、はっとした。


世界が必要とするときに、遣わされる。

——それは、初代辺境伯の覚え書きにあった、あの一文と同じだ。


『神の舌は、ひとりにあらず。時を経て、世が滅びに傾くとき、再び現れる』。


風の歌い手。神の舌。

——呼び名は違う。土地も違う。


けれど、その本質はまったく同じだった。

神の声を聞き、人と神を繋ぐ者。そして、世界が危機に瀕したときに現れる者。


(……やっぱり)


確信が深まっていく。

わたくしの《美食家の舌》も、風の歌い手も。


世界の各地に、それぞれの形で「神と人を繋ぐ者」が配されていた。

原初の神が眠りにつくとき、きっと、最後の希望として、各地に遺していったのだ。


世界が滅びに傾いたとき、それを押しとどめるための要として。


「長。——その歌い手たちは、互いに、繋がっていたのでしょうか」


長は、しばらく考え込んでから言った。


「言い伝えに、こんな一節がある。——『遠き地の、声を聞く者たちよ。いつか、ひとつに集い、世界の歌を取り戻せ』、と」


ひとつに集い。世界の歌を取り戻せ。


その言葉が、胸に深く響いた。

バラバラに各地に配された、神と人を繋ぐ者たち。


彼らが、いつか、ひとつに集って世界の理を修復する。

——それこそが、原初の神の絶望を解く、本当の道なのかもしれない。


「……わたくしは、ひとりではないのかもしれません」


思わず、呟いていた。


これまで、自分だけがこの重い使命を背負っていると、思っていた。

けれど——もしかしたら、世界のどこかに、同じように神の声を聞き、神を救おうとしている者が、いるのかもしれない。


その考えは、わたくしの心を温かく照らした。


「面白い話だな」


いつのまにか隣に来ていたアルヴィスが、言った。


「お前と同じ力を持つ者が、他にもいる。——いつか、その者たちと出会うかもしれん、ということか」


「ええ。——もし、本当にそうなら」

五つの珠を、見つめた。

「心強いです。この、途方もない戦いも。ひとりではなく、みんなで立ち向かえるなら」


胸元の珠が、応えるように淡く光った。

味、潤い、水、火、風。五柱の神々の加護。

そして、いつか出会うかもしれない、同じ志を持つ、仲間たち。


孤独な戦いだと思っていた。

けれど、違った。


救ってきた神々が、隣にいるアルヴィスが、そして、まだ見ぬ同志たちが。

——わたくしを、支えてくれている。


その夜。宿で、五つの珠を並べ、地図を呼び出した。


味、潤い、水、火、風。

五つの光に応えて、世界の像が、これまでで最も鮮明に浮かび上がる。


救った神々の光点は穏やかに灯り、残る赤黒い光点も、前よりはっきりと見えた。

そして——わたくしは、初めて、あることに気づいた。


地図のところどころに、神々の光点とは違う、小さな白い光が、ぽつ、ぽつと灯っているのだ。


これまでは、神々の赤黒い光にまぎれて、見えていなかった。

けれど、五柱を救い、地図が澄んだ今。その、ささやかな白い光が、確かに見て取れた。


「アルヴィス様。——この白い光は」


「人、か?」

アルヴィスが目を凝らした。


「……たぶん」

息を、呑んだ。

「神の声を聞く者。風の歌い手のような——わたくしと同じ力を持つ、人たちのしるしかもしれません」


白い光は、数えるほどしかなかった。

けれど、確かに、世界に点在している。


バラバラに、それぞれの土地で、それぞれの神と向き合っているのだろう。

長の言った、『遠き地の、声を聞く者たち』。

——それは、ただの言い伝えでは、なかったのだ。


(……いつか、必ず。あなたたちに、会いに行きます)


まだ見ぬ同志たちへ、わたくしは、心の中で、そっと、語りかけた。


断崖の国を、発つ日。


長と人々が、総出で見送ってくれた。

長は、わたくしに、一枚の古い羊皮紙を手渡した。


「我が民に伝わる、風の歌のすべてを記したものだ。——歌い手であった、お前さんなら、きっと役立てられるだろう。持っていってくれ」


それは、この国の、何より大切な宝のはず。

深く頭を下げて、受け取った。


風の歌い手の知恵。それは、いつか他の神を救うときにも、きっと力になる。


「ありがとうございます。——この歌を、決して絶やしません」


穏やかな風が、別れを惜しむように、わたくしたちの背を押した。


五柱目の神を救い、新たな手がかりを得て。

わたくしたちは、ふたたびヴァルドへの帰路に就いた。


世界の真実の、さらに奥へ。そして、いつか出会うかもしれない、同じ志の者たちのもとへ。

——物語は、また一歩、進んでいく。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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