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【7/5 7AMに最終話投稿予定】追放された令嬢ですが、前世は料理人でした ~辺境で餌付けしていたら、冷徹な旦那様に溺愛されています~  作者: P作
第8章 敵国の竈と世界の真実

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第77話 帰路の約束

アスタリカを発つ日が、来た。


火の災いは鎮まり、紅蓮の山には緑が戻りはじめていた。

避難していた民も、少しずつ故郷へ帰っていく。わたくしたちの役目は、果たされたのだ。


王都の門前で、レオハルト王が自ら見送りに立っていた。


「世話になった、セレスティア殿」


王は、晴れやかな顔をしていた。出会った頃の孤立した青年王の影は、もうない。


「強硬派は一掃した。これからは、余の手で、この国を立て直す。——そなたが灯してくれた、あの炊き出しの火を、忘れぬ」


「陛下なら、きっとよい国を築けます」

わたくしは微笑んだ。

「民の竈に、あたたかい火が絶えない国を」


ザイードとガルムも、見送りに来てくれた。


「あなたと過ごした日々は、忘れません」

ザイードが、静かに頭を下げた。

「敵国の使者として、あなたを試すような真似もした。——どうか、許してほしい」


「いいえ。あなたが勇気を出して、ヴァルドまで来てくださったから。——すべては、そこから始まったんです」


そして、ガルム将軍が、ぶっきらぼうに歩み出た。

その手には、布に包まれた何かがある。


「……餞別だ」


差し出されたのは、香り高いこの地の香辛料の束だった。


「お前の料理に使え。火の山が育てた、アスタリカの宝だ。——その、なんだ。達者でな」


不器用な、けれど確かな友情。

かつて敵意を剥き出しにした将軍が、今は、こんなにも。

深く頭を下げて、受け取った。


「ありがとうございます。——この香りを使うたび、あなたを思い出します」


帰路の馬車に揺られながら、得た真実を、改めて噛みしめていた。


“あのお方”。原初の神。世界の滅びを望む者たち。——そして、わたくしに託された使命。


「……大きすぎて、まだ実感が湧きません」

窓の外を流れる景色を、見つめた。

「世界の滅びを止めるだなんて。一介の料理人だった、わたくしが」


「一介の料理人が、もう三つの国を救った」

アルヴィスが、静かに言った。

「いや、ヴァルドを入れれば、四つだ。——お前は、十分すぎるほど、やってのけている」


その言葉に、胸が少し軽くなる。


そうだ。最初から世界全部を、背負おうとしなくていい。

目の前の、ひとつの土地。ひとりの飢えた人。一柱の、苦しむ神。

——それを、ひとつずつ。そうやって、ここまで来た。


「そうですね。——いつもどおり、やればいいんですよね」


ふと、胸元の四つの珠に触れた。


味、潤い、水、火。救ってきた神々の温もり。

地図には、まだいくつもの赤黒い光点が残っている。


次に向かうべき、苦しむ神々。

そして、各地でその暴走を利用しようと蠢く野心家たち。

脱走した、あの宰修。泳がせている、サウディスのラシッド。——彼らも、いつか、再び行く手に現れるだろう。


「忙しく、なりそうですね」

わたくしは、苦笑した。

「神様を救って。野心家を出し抜いて。そして、いつか——“あのお方”のもとへ」


「ああ。だが、焦ることはない」

アルヴィスが、わたくしの肩を抱いた。

「一歩ずつだ。——その合間に、ちゃんとヴァルドへ帰って、うまい飯を食う。それも、忘れずにな」


その言葉に、思わず笑ってしまった。

どんなに大きな戦いの中でも、この人は、わたくしの「日常」を守ろうとしてくれる。


馬車は、東へ。なつかしいヴァルドへと進んでいく。


夕暮れの空が、橙色に染まっていた。

それは、救った火の神の、あのあたたかな炎の色に、よく似ていた。


「帰ったら、まず、何を作ろうかしら」


膝の上で、ガルムにもらった香辛料の束を、そっと撫でた。


「この香辛料を使って、新しい料理を。村のみんなと、留守を守ってくれたセバスやマルクに、振る舞いたいです」


「いいな。——楽しみにしている」


幾日かの旅路を経て。馬車が、見慣れた丘を越えた。


眼下に、ヴァルドが広がる。

青々とした畑。立ちのぼる炊事の煙。子どもたちの、駆け回る声。

——あたたかな、わたくしたちの故郷。何度旅立っても、この景色を見るたびに、胸がいっぱいになる。


「奥方様! 旦那様! お帰りなさいませ!」


門前で、セバスが、マルクが、村人たちが出迎えてくれた。

ハンスも、ゴルドも、みんな笑顔で手を振っている。


長い、長い旅だった。敵国の地で、命がけの戦いもした。

けれど、こうして無事に帰ってこられた。


「ただいま、帰りました。——みんな、変わりはありませんでしたか」


「もちろんですとも。ヴァルドは、いつでもお二人の帰りを待っております」

セバスが、目を細めた。


その夜。約束どおり、わたくしは、かまどの前に立った。


ガルムにもらった、火の山の香辛料。

それをヴァルドの食材に効かせて、新しい一皿を仕立てる。


ぴりりと辛く、けれど深い香りの煮込み。

異国の風と故郷の味が、ひとつの鍋の中で溶け合っていく。


「……うまい! こりゃあ、食べたことのない味だ!」


村人たちが、夢中で頬張る。

その笑顔を見ていると、旅の疲れも世界の重さも、すうっと溶けていった。


遠いアスタリカの恵みが、今、ヴァルドの食卓を笑顔にしている。

——料理は、こうして、国を越えて、人を繋じていくのだ。


世界の真実は、重い。使命は、途方もない。

けれど、わたくしの帰る場所は、変わらず、あたたかい。守りたい人たちが、待っている。


だから、戦える。何度でも、立ち上がれる。


鍋ひとつ、舌ひとつ。そして、隣には、いつもこの人がいる。

——それだけで、わたくしは、どんな世界の果てへでも行ける気がした。


四つの光を胸に、わたくしたちの旅は続いていく。

新たな神を求めて。世界の真実の、さらに奥へと。


——けれど

今はただ、このあたたかい食卓を、心ゆくまで、味わおう。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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