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【7/5 7AMに最終話投稿予定】追放された令嬢ですが、前世は料理人でした ~辺境で餌付けしていたら、冷徹な旦那様に溺愛されています~  作者: P作
第8章 敵国の竈と世界の真実

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第75話 黒幕の影

新たな珠を握りしめ、わたくしは、剣戟の鳴る背後へと駆け戻った。


火の神の暴走が収まったことで、戦いの流れも変わっていた。

アルヴィスたちの奮戦に加え、神が和らいだことで、強硬派の兵たちも戦意を失いはじめていた。


「……山が、鎮まっただと?」

「災いが、本当に止まった……。あの女が、やったのか?」


動揺が広がる。

神の力を兵器にするどころか、災いそのものが消えてしまった。彼らの目論見は、根底から崩れたのだ。


「もう、やめなさい」


わたくしは、彼らに呼びかけた。

「あなたたちが利用しようとした火の神様は、もう救われました。これ以上戦っても、得るものは何もありません。——武器を収めてください」


兵たちは顔を見合わせ、やがて、一人、また一人と剣を下ろした。


戦いが収まったあと。ガルム将軍が、捕らえた強硬派の指揮官を引き立ててきた。


「こいつが、現場の責任者だ」

将軍が苦々しげに言う。

「だが——こいつも駒にすぎん。本当に糸を引いていた者は、別にいる」


縄を打たれた指揮官は、けれど不敵に笑っていた。


「……ふん。我らを止めたところで、無駄だ」

男は嗤った。

「もう遅い。“あのお方”の目覚めは、近い。世界の理は、綻び続ける。お前たちがいくら神を救おうと——大きな流れは、止められん」


“あのお方”。——その言葉に、息をのんだ。


「あなたたちは、“あのお方”を知っているのですか」

わたくしは、鋭く問うた。

「あなたたちの陰謀は、“あのお方”と繋がっているのですか」


指揮官の目が、昏く光った。


「……お前には、分かるまい」

指揮官の声が、恍惚と震えはじめた。

その目は、見えない何かを崇めるように、虚空を見上げている。


「“あのお方”の、あの、底知れぬ気配。世界そのものを無に還す、絶対の力。——あれを、ひとたび感じれば、誰もがひれ伏す。逆らうなど、できぬ。ただ付き従い、新しき世での、わずかな席を賜るのみ」


その口調には、信仰にも似た陶酔があった。

けれど、その奥に、隠しきれぬ怯えも滲んでいた。


彼らは、“あのお方”を崇めながら、心の底では恐れている。

抗えぬ滅びを前に、せめてその先兵となることで生き延びようとする——そんな、歪んだ必死さが。


「世界は、じきに、作り変えられる。古き神々は、滅びる。お前が、いくら、神を救おうと——遅いのだ。もう、何もかも」


その言葉は、これまでのすべての点を繋ぐものだった。


王国の宰相。サウディスのラシッド。そして、アスタリカの強硬派。

——各国の野心家たちが、それぞれに“あのお方”の目覚めを利用しようと暗躍している。

世界各地で神々が暴走するのを、好機と見て。


「……やはり、繋がっていた」


背筋に、冷たいものを感じた。

神々の暴走は、ただの自然の綻びではない。その裏で、“あのお方”の目覚めを待ち望み煽る、人間たちの影が蠢いている。


災いに苦しむ民がいる一方で、その災いを己の野心の糧にしようとする者がいる。

——その事実が、何よりおぞましかった。


「その“あのお方”とは、何者なのです」

わたくしは迫った。

「目覚めれば、どうなる。あなたたちは、何を知っている」


けれど、指揮官はただ嗤うばかりだった。


「じきに分かる。——お前も、その目で見ることになる。世界が作り変えられる、その瞬間をな」


王都へ戻ると、レオハルト王が自ら、わたくしたちを出迎えた。


その表情は、出会ったときの硬い警戒とはまるで違っていた。

火の災いが鎮まったこと、そして、その裏に自国の強硬派の陰謀があったことは、すでに王の耳にも届いていた。


「……礼を言う、セレスティア殿」

王は、深く頭を下げた。一国の王が、敵国の者へ。それは異例のことだった。

「そなたを疑い、軟禁同然に扱った無礼、許してほしい。まさか、災いの裏に余の臣下が……。そなたがいなければ、我が国は内側から滅んでいた」


「頭を上げてください、陛下」

わたくしは微笑んだ。

「わたくしは、ただ飢えた人を救いに来ただけ。それが、果たせたのなら、十分です」


王は、しばしわたくしを見つめ、それから、意を決したように言った。


「……一つ、頼みがあると聞いた。我が国の古文書庫を、見たいと」


息をのんだ。

この国を目指した、もう一つの理由。

神の舌の真実。あのお方の正体。その手がかりが眠る、大陸最大の知の宝庫。


「本来なら、他国の者には決して開かぬ場所だ」

王は言った。

「だが——そなたは、我が民の命の恩人。そして、世界の災いと戦う者。……特別に許そう。好きなだけ、調べるがいい」


思わぬ申し出に、深く頭を下げた。

料理で繋いだ信頼が、固く閉ざされた知の扉さえ開いたのだ。


その夜。鎮まった紅蓮の山を背に、アルヴィスと語り合った。


「敵の正体が、見えてきましたね」

四つの珠を見つめた。

「神々の暴走を利用しようとする、人間たち。そして、そのすべての中心にいる“あのお方”」


「ああ」

アルヴィスの顔は険しかった。

「神を救うだけでは終わらん、ということだ。——その裏で糸を引く人間たちとも、戦わねばならん」


戦いは、神だけでも人だけでもなかった。

神々を救いながら、その暴走を利用する野心家たちの陰謀を暴き、そして、いずれは——すべての根源、“あのお方”と対峙する。


途方もなく大きな戦いの全体像が、ようやく見えてきた。


「……でも」

四つの珠を、握りしめた。

「怖くはありません。だって、わたくしには、救ってきた神々の加護がある。アルヴィス様が、いる。そして——敵国にすら、味方ができました」


ザイード、ガルム。料理が繋いだ、思わぬ絆。


あの、火の神との対峙のとき。

神に集中するあまり、背後の戦いを見てはいなかった。

けれど後で、ザイードが教えてくれた。


アルヴィスが鬼神のごとく、一人として守りを破らせなかったこと。

そして、ガルム将軍が——「神を兵器に変えるなど武人の誇りにもとる」と吼え、かつての同志に刃を向けたこと。


「あのとき、背中で戦ってくれた、あの人たちの気配を。——わたくしは、一生、忘れません」


それは、どんな陰謀よりも確かな力だった。

野心は人を分かつけれど、あたたかな食卓は人を繋ぐ。

わたくしの戦い方は、敵がどれほど大きくなろうと変わらない。


「一つずつ、解いていきましょう。この絡まった糸を。——その先に、必ず、答えがあります」


アスタリカでの戦いは、まだ終わらない。けれど、その先に、世界の謎の核心へと続く道が、確かに見えはじめていた。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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