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【7/5 7AMに最終話投稿予定】追放された令嬢ですが、前世は料理人でした ~辺境で餌付けしていたら、冷徹な旦那様に溺愛されています~  作者: P作
第8章 敵国の竈と世界の真実

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第74話 火のごちそう

背後で剣戟の音が響く中、わたくしは灼熱の谷の最奥へ駆けた。


煮えたぎる溶岩。渦巻く火柱。

その中心で、火の神はなおも苦悶にのたうっていた。自らの火に焼かれ、止められぬ力に苦しみながら。


「火の神様!」


わたくしは、炎に向かって叫んだ。

「あなたに捧げたいものがあります! どうか、ひと口だけ。——受け取ってください!」


胸元の三つの珠が強く輝き、周りに、熱を和らげる光の盾を張った。

その守りに護られながら、火の恵みを結晶させた一皿を、炎の縁へとそっと差し出した。


——ナンダ……ソノ、匂イハ。


火の神の想念が、揺れた。


立ちのぼる炙り肉の香ばしさ。煮込みの甘い湯気。香木の燻香。

——それは、火が生み出したおいしさの、すべて。

荒れ狂う炎の灼けた匂いとは、まるで違う。優しくあたたかな、火の香りだった。


「これは、あなたの火が生んだ、ごちそうです」


わたくしは、語りかけた。

「あなたの火は、災いなんかじゃありません。——こんなに香ばしく、こんなにあたたかい。人を幸せにする、恵みの火。それが、あなたの本当の姿です」


火の神の炎が、わずかに勢いを緩めた。

差し出された一皿へと、ゆらりと傾く。


——我ノ、火ガ……コレヲ?


「ええ。炙るのも、煮るのも、香りを立てるのも。——ぜんぶ、あなたの火がなければ生まれません。料理人にとって、火は敵じゃない。いちばん大切な、相棒なんです」


そのとき、背後から怒号が聞こえた。


「させるか! その料理を、神に届けさせるな!」


強硬派の兵が一人、アルヴィスたちの防衛線をすり抜け、わたくしへと斬りかかってきた。

神を鎮められては困る者たちの、必死の妨害。


けれど——その刃が届く前に。


「——退け!」


アルヴィスが駆けつけ、その兵を一刀のもとに打ち据えた。

返す刀で、わたくしの前に立ちはだかる。


「セラ、続けろ! ここは通さん!」


「……はい!」


その背後で、苛烈な戦いが繰り広げられているのが、気配で分かった。


激しい金属音。地を蹴る足音。怒号。

——けれど、振り返らなかった。振り返る必要がなかった。

背に感じるのは、わたくしを信じて守してくれる、頼もしい三つの気配。


アルヴィスの、揺るぎない剣。その圧倒的な存在が、敵を一歩も近づけさせない。


だから、目の前の神だけに全神経を注げる。背中は任せた。

わたくしは、わたくしの戦いを——この一皿を、神に届けることだけを考えればいい。


剣戟の嵐の中。それでも、わたくしは火の神から目を離さなかった。


「火の神様! 思い出して! あなたが人に与えてきた、本当のものを!」


火の神の巨大な炎が、ゆっくりとその“顔”を一皿へと近づけた。


そして——揺らめく炎が、料理をふわりと包み込んだ。

燃やすのではなく、慈しむように。

香ばしい炙り肉の、煮込みの甘さの、燻香の——その「味」が、湯気とともに、神の灼熱の神格へ染み渡っていく。


その瞬間。


——アア。


火の神の想念が震えた。荒れ狂う、苦しみの声ではなかった。

それは、深い深い郷愁の、声だった。


——コノ、味……。我ノ火ガ、生NDA……コンナニモ、温カイ、モノ……。思イ出シタ。竈ノ火。人々ガ、我ノ火ヲ囲ミ、肉ヲ焼キ、パンヲ焼キ……笑イ合ッテイタ。アノ、温カナ火。——ソウダ。我ノ火ハ、災イデハナカッタ。人ヲ生カス、火、ダッタ……!


火の神を包んでいた、禍々しい灼熱が——すうっと和らいでいく。


荒れ狂っていた紅蓮の炎が、優しい橙色のあたたかな火へと変わっていった。

竈に灯る、あのなつかしい炎の色へと。

出口を失い、暴走していた火が——ようやく、正しい“行き場”を思い出したのだ。


「……よかった」


わたくしの頬を、汗とも涙ともつかぬものが伝った。


火の神は、もう苦しんではいなかった。

自らの火と和解し、穏やかなぬくもりを取り戻していた。

和らいだ炎の中で、その姿は、まるであたたかな焚き火のそばで微笑む、老いた職人のように見えた。


そして——満たされた火の神は、その身からひとひらの光をこぼした。

橙色に輝く、あたたかな珠。四つ目の加護の証が、わたくしの手のひらへ舞い降りてくる。


手の中で、新たな珠は、胸元の三つの珠と嬉しそうに呼応した。

ノルドの味、サウディスの潤い、ミルディアの水、そしてアスタリカの火。

——救ってきた土地の数だけ、四つの光が、互いを認め合うように淡く明滅する。


雪山も、砂漠も、湖底も、火山も。越えてきた旅路のすべてが、この手の中に集っていた。

まるで、来たるべき大きな戦いに備えるように、その温もりが、握りしめた手にじんと伝わってきた。


これで、四柱。けれど、火の神を救う道のりは、これまでと明らかに違った。

飢えでも、渇きでも、諦めでもなく——「自分の力を災いだと思い込まされた」神。

その思い込みを、料理で解いた。


神々を蝕むものは、土地ごとにこれほどまで姿を変える。

だとすれば、その大本にいる“あのお方”とは、いったいどれほど底知れない存在なのか。


紅蓮の山の暴走は収まりはじめた。灼熱の大地に、ようやく安らぎの気配が戻ってくる。

焼け焦げていた谷の隅に、早くも小さな新しい芽が顔を出していた。


——けれど、戦いはまだ終わっていなかった。


背後では、追っ手との剣戟がなおも続いている。

そして、この陰謀の本当の黒幕は——まだ姿を見せていなかった。


火の神を兵器に変えようとした者。その正体を暴かぬかぎり、この国の、そして世界の災いは終わらない。


わたくしは、新たな珠を握りしめ、剣戟の鳴る背後へと振り返った。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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