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【7/5 7AMに最終話投稿予定】追放された令嬢ですが、前世は料理人でした ~辺境で餌付けしていたら、冷徹な旦那様に溺愛されています~  作者: P作
第8章 敵国の竈と世界の真実

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第72話 紅蓮の中の神

紅蓮の山の最奥へ。わたくしたちは、慎重に歩を進めた。


熱気は、もはや息をするのも苦しいほどだった。

地面は焼け、岩は赤く灼け、足を踏み入れるだけで靴の底が焦げそうになる。

胸元の三つの珠が、淡い光でわたくしの周りの熱を、わずかに和らげてくれる。それがなければ、とても進めなかった。


「……これ以上は、危険だ」

ザイードが、額の汗を拭った。

「人の身では、ここが限界です」


「いいえ。もう少し、先に。——感じます。すぐ、そこにいます」


灼熱の谷の最奥。煮えたぎる溶岩の、その中心に——それはいた。


巨大な炎の塊。渦巻く火柱。

その中に、ゆらめく人ならざるものの影。

全身を激しい炎で包み、苦悶するようにのたうっている。触れるものすべてを灼き尽くしながら。


四柱目の、忘れられた神。火を司る神だった。


——アツイ。


頭の中に、灼けつくような想念が響いた。


——アツイ。クルシイ。止マラナイ。我ノ火ガ、止マラナイ……!


その声に、わたくしははっとした。

これまでの三柱とは違う。味の神は飢え、潤いの神は渇き、水の神は諦めていた。

けれど、この火の神は——自分自身の力に焼かれて苦しんでいた。


(……どういう、こと?)


想念の奥を探る。すると、流れ込んできたのは、これまでと異なる悲鳴だった。


——人ハ、火ヲ恐レタ。竈ノ火モ、鍛冶ノ火モ、皆、我ガ与エタモノ。ナノニ人ハ、火ガ燃エ広ガルタビ、我ヲ呪ッタ。災イノ神ダト。……ソシテ、我ヲ封ジタ。火ヲ、悪シキモノトシテ。


火の神の苦しみは、ほかの神とは逆だった。

忘れられたのではない。——恐れられ、憎まれ、封じられたのだ。

火という、恵みでもあり災いでもある、その力ゆえに。


——封ジラレ、我ノ火ハ行キ場ヲ失ッタ。出口ノナイ火ガ、我ノ内デ膨レ上ガリ……モハヤ、自分デモ止メラレヌ。誰カ、止メテクレ。コノ苦シミヲ……!


その悲痛な叫びに、わたくしの胸は締めつけられた。


恵みを与えていたのに、その力ゆえに恐れられ封じられた、神。

行き場を失った力が暴走し、自分自身をも焼き尽くしている。

——なんという、悲しい矛盾だろう。


「……アルヴィス様。この神様は、ほかとは違います」


わたくしは振り返り、告げた。

「飢えや渇きを満たせばいい、のではありません。この方の火は、出口を失って暴走している。——必要なのは、満たすことではなく」


「なく?」


「この暴れる火に、正しい“行き場”を与えることです。火を、恐ろしい災いとしてではなく。——人をあたためる、恵みの火として。もう一度、思い出してもらう」


言いながら、わたくしの中で答えの輪郭が見えはじめていた。


火は、料理人にとって最も身近な相棒だ。竈の火、かまどの炎。

それは、食材をおいしく変え、人をあたためる恵みそのもの。

——この神に、その火の本当の姿を、料理を通して伝えられないだろうか。

煮え、焼け、香ばしく実りを変える、あの優しい火の姿を。


「……だが、どうやって近づく」


アルヴィスが、灼熱の炎を見据えた。

「あの炎の中へ料理を届けるなど。近づけば、一瞬で灰になるぞ」


確かに、そうだった。

三つの珠の加護をもってしても、神の本体の炎に直接触れれば、ただでは済まない。

料理を捧げるどころか、近づくことすら難しい。


そのとき。


「……方法は、ある」


低い声で口を開いたのは——意外にも、ガルム将軍だった。


「この紅蓮の山には、古くから火を鎮める、“鎮火の儀”の伝承が残っている。我らアスタリカの民が、火の山と共に生きるための知恵だ」

将軍は、苦々しげに、けれど確かに言った。

「……敵国の女に教えるのは業腹だが。民が死ぬのを見過ごすよりは、ましだ」


意外な協力者の出現に、目を見開いた。

料理の匂いと共に過ごした時間が、頑なな将軍の心を少しずつ動かしていたのだ。


「それに、だ」

ガルムは、ぼそりと付け加えた。

「……昨夜の、お前の飯。あれを食って以来、どうも、調子が狂う。忘れていた、故郷の味を、思い出しちまった。——あんな飯を食わせる女が、我が国を害するとは、どうしても、思えん。それだけだ」


その不器用な言葉に、わたくしは思わず微笑んだ。

氷のように見えた敵将の心にも、料理の温もりはちゃんと届いていた。


「ありがとうございます、将軍。——その知恵、お借りします」


ガルムは、ごほんと咳払いをして語りはじめた。


「鎮火の儀とは、こうだ。火の山が荒ぶるとき、我らの祖先は、山の麓に特別な“供物”を捧げた。火で炙った肉や、香木を焚いた煙——火の恵みで作ったものを、火の神へ返すのだ。『あなたの火は、これほど豊かな恵みを生む』と、示すためにな」


その言葉に、わたくしの中でばらばらだった答えが一気に繋がった。


「……そうか。火の神は、自分の火が“災い”だと思い込んで暴走している。だったら、その火が生んだ“恵み”を見せれば——自分の本当の姿を、思い出すかもしれない」


火で炙り、煮込み、香りを立てる。料理とは、まさに火の恵みの結晶だ。竈の炎なしに、おいしい一皿は生まれない。

——この神に捧げるべきは、火が生み出した最高の料理。「あなたの火は、人をこんなにも幸せにする」と、舌で、香りで、伝えるのだ。


「鎮火の儀の作法に、わたくしの料理を重ねます」

わたくしは、確信を込めて言った。

「ただ供物を捧げるだけじゃない。火の神自身に、“火で作る料理のおいしさ”を味わってもらう。それが、暴れる火に正しい行き場を思い出させる、鍵です」


ザイードが、感嘆の息を漏らした。

「……敵国の伝承と、あなたの料理が、繋がるとは」


ガルムも、腕を組んだまま何も言わない。

けれど、その目には、もう出会った頃の剥き出しの敵意はなかった。


封じられ、暴走する火の神。

その苦しみを解く鍵が、敵国の伝承の中に、あるのかもしれない。


灼熱の神を巡る戦いは、思わぬ形で、敵味方の垣根を越えはじめていた。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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