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【7/5 7AMに最終話投稿予定】追放された令嬢ですが、前世は料理人でした ~辺境で餌付けしていたら、冷徹な旦那様に溺愛されています~  作者: P作
第8章 敵国の竈と世界の真実

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第70話 国境を越えて

ヴァルドを発ち、西へ。

一行は半月をかけて、アスタリカとの国境へ至った。


国境には、物々しい検問の砦がそびえていた。

武装した兵士たちが、鋭い目で、行き交う者を検めている。長く敵対してきた、二国の境。空気は、ぴりぴりと張りつめていた。


「ここからは、私が案内する」


使者のザイードが、前に出た。

彼が通行証を示すと、兵士たちは、わたくしたちを無遠慮に眺め回しながらも、道を開けた。

けれど、その視線は決して友好的ではない。敵国の要人を値踏みする、警戒のまなざしだった。


「歓迎されて、いませんね」


馬車の中で、わたくしが小声で言うと、アルヴィスは低く頷いた。


「当然だ。昨日まで、刃を向け合っていた相手だ。——気を抜くな。ここから先は、すべてが敵だと思え」


国境を越えると、景色は一変した。


アスタリカは、噂に違わぬ強大な国だった。

よく整備された石畳の街道。立派な石造りの街並み。道を行く人々の装いも、豊かで垢抜けている。

軍事大国らしく、街道のあちこちに駐屯地があり、武装した兵が隊列を組んで行軍していた。


けれど——西へ進むほど、その豊かな国にも、影が差しはじめた。


避難民の列。西の故郷を追われた人々が、家財を抱えて東へ流れてくる。

その表情は、ヴァルドで、ノルドで、サウディスで見てきたものと同じだった。

飢えと、絶望の色。


「西の火の災いから、逃れてきた者たちです」

ザイードが、沈痛な面持ちで言った。

「日に日に、その数は増えている。豊かなアスタリカも、このままでは……」


国の大きさも、軍の強さも。世界の理の綻びの前には無力だった。その事実が、ずしりと胸に響いた。

垣根の向こうの敵国にも、飢えに泣く子がいる。それを知ってしまえば、もう、ただの“敵”だとは、思えなかった。


王都に着いても、わたくしたちは、すぐには王宮へ通されなかった。


あてがわれたのは、街外れの客館。

丁重ではあったけれど、常に衛兵が見張りに立っている。客人というより、軟禁に近い扱いだった。


「……やはり、警戒されていますね」


「ああ。当然の対応だ」

アルヴィスは冷静だった。

「敵国の要人を、易々と王宮の奥まで入れるわけがない。——おれたちが本当に災いを鎮められるか。見極めるまでは、こうして囲っておくつもりだろう」


その夜。わたくしは一人、客館の窓から西の空を眺めた。


赤黒い光が、地平の彼方ににじんでいる。火の災いの放つ、不吉な輝き。

胸元の三つの珠が、それに呼応するように、熱く脈打っていた。


——近い。四柱目の神は、すぐそこにいる。


(……待っていてください。必ず、あなたを救いに行きます)


翌日。ようやく、わたくしたちは王宮へと招かれた。


謁見の間で待っていたのは——アスタリカの、若き王だった。


まだ二十代だろうか。アスタリカ王、レオハルト。

精悍な顔立ちの青年王だが、その目には強い警戒と、隠しきれない焦りが宿っていた。


「よくぞ来た。敵国の“食の魔術師”よ」

王の声は硬かった。

「単刀直入に言おう。余は、そなたを完全には信じておらぬ。敵国の者が、こうも都合よく、救いの手を差し伸べる。——裏があると疑うのが、当然だ」


「ごもっともです」


わたくしは、臆さず答えた。

「では、こう申し上げます。わたくしは、アスタリカを救いに来たのではありません。——“飢えた人々”を救いに来ました。その人々が、たまたまアスタリカの民だった。それだけのことです」


王の眉が、動いた。


「国の垣根は、わたくしには関係ありません。目の前に飢えた人がいれば、鍋を持って駆けつける。敵も、味方もない。——それが、料理人の流儀ですから」


しばしの沈黙。

やがて、若き王の硬かった表情が、ほんのわずかにゆるんだ。


「……面白い女だ」

レオハルト王は、ふっと息をついた。そして、声を落とし、絞り出すように続けた。


「正直に言おう。——余は、追い詰められている。この災い、ただの天災ではない。軍の強硬派が、何か良からぬことを企んでいる。だが、奴らは軍を握り、若い余は王宮で孤立している。打てる手が、ない」


王の目に、年相応の苦悩の色が滲んだ。

それは、強大な軍事大国の王という仮面の下の、ひとりの青年の素顔だった。


「だからこそ、賭けてみたくなった。敵国の、風変わりな料理人に。——奴らに与しない外の者だからこそ、できることが、あるやもしれぬ」


そして、王の目が鋭く光った。


「いいだろう。その流儀とやら、見せてもらおう。——ただし」


レオハルト王は、低く、刃のような声で、告げた。


「もし少しでも、我が国に害をなす素振りを見せれば。そのときは、容赦はせん。——肝に銘じておけ」


謁見のあと、わたくしはさっそく動いた。


「陛下。さっそくですが、王都の外れに集まった避難民たちに、炊き出しをさせていただけませんか。災いの震源へ向かう前に——まず、目の前で飢えている人を放っておけません」


王は、わずかに驚いた顔をした。

敵国の地で、真っ先に見返りのない人助けを願い出る。その申し出は、よほど意外だったらしい。


許しを得て、わたくしは持参したヴァルドの保存食と、現地で買い集めた食材で、大鍋をいくつも火にかけた。

香ばしい湯気が、避難民の天幕の間にふわりと広がっていく。


最初、人々は警戒していた。「敵国の女が、何のつもりだ」と。

けれど、空腹には勝てない。おそるおそる差し出された椀をひと口すすった、痩せた老人の目から——ぼろりと涙がこぼれた。


「……あったかい。あったかい飯が、こんなにうまいなんて。……忘れて、いた」


その一杯が、警戒を溶かしていく。

次々と人々が集まり、椀を手に、ようやく安堵の息をつく。子どもたちが、はにかんで笑う。

敵も味方もない、あたたかな食卓が、敵国の片隅にぽつりと灯った。


——けれど、その光景を、苦々しく睨む者もいた。


「……気に入らんな」


豪奢な甲冑をまとった強面の将軍が、吐き捨てた。

後に聞けば、対ヴァルド強硬派の筆頭、ガルム将軍だという。


「敵国の女が、施しで民の心を買おうとしている。——陛下も、陛下だ。あんな女の、口車に乗るとは」


その敵意は、隠そうともしていなかった。

アスタリカの中にも、わたくしたちを害そうとする者がいる。それも、王に近い軍の重鎮が。

——気を抜けば、足をすくわれる。


敵国の王宮。張りつめた緊張の中。

わたくしの武器は、剣でも、権謀でもない。——ただ、ひと皿の料理。この異郷の地でも、それが通じると、信じて。わたくしは、静かに前を見据えた。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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