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【7/5 7AMに最終話投稿予定】追放された令嬢ですが、前世は料理人でした ~辺境で餌付けしていたら、冷徹な旦那様に溺愛されています~  作者: P作
第8章 敵国の竈と世界の真実

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第69話 西の使者

書庫にこもる日々は、半月ほど続いた。


初代辺境伯の記録を、わたくしとアルヴィスは根気よく読み解いていった。

けれど、肝心な部分——“あのお方”との関わりを記した箇所は、どれも、わざと破り取られたように欠けていた。

まるで誰かが意図して、その真実を葬ったかのように。


「……これ以上は、ヴァルドの記録だけでは無理そうですね」


わたくしは、古い羊皮紙をそっと閉じた。

「もっと古い、もっと広い記録が要ります。たとえば、大陸全土の神話や歴史を集めた場所が」


「心当たりは、ある」

アルヴィスが腕を組んだ。

「だが、それは……少々、厄介な場所だ」


その答えを聞く前に、館に一人の使者が訪れた。


それは、見るからに異国の装いの男だった。


仕立てのいい、けれど見慣れない意匠の外套。浅黒い肌に、鋭い目。腰には、反りのある細身の剣。

——明らかに、近隣の国の者ではない。もっと遠い、西の。


「お初に、お目にかかる。辺境伯夫人、セレスティア殿」


男は、慇懃に頭を下げた。

「私は、西方の大国アスタリカより参った使者。名を、ザイードと申す」


アスタリカ。——その名に、わたくしは息をのんだ。


大陸の西半分を勢力下に置く、強大な軍事国家。

長くわたくしたちの国とは緊張関係にあり、過去には幾度も国境で火花を散らしてきた、いわば仮想敵国。

その大国の使者が、なぜこの辺境の地に。


「“食の魔術師”の噂は、西方にも轟いております」

ザイードは、静かに言った。

「死の災いを、いくつも鎮めた、奇跡の御方。——折り入って、その力をお借りしたい。我が国で今、ある恐ろしい異変が、起きているのです」


ザイードの語った異変は、これまでとよく似ていた。


アスタリカの、西の果て。広大な火山地帯。

そこで、半年ほど前から、大地が燃えはじめたのだという。

作物は枯れ、井戸は涸れ、人の住めぬ灼熱の荒野が、じわじわと国土を侵している。


「火が燃え広がる、わけではないのです」

ザイードの顔が曇った。

「ただ、大地そのものが熱を持ち、乾いていく。水をまいても、瞬く間に蒸発する。まるで地の底から、何かが世界の潤いを焼き尽くしているかのように」


——間違いない。これも、忘れられた神の暴走だ。


ノルドで味が、サウディスで潤いが、ミルディアで水の清らかさが消えたように。今度は、大地の“熱”が暴走している。

地図で見た、西の赤黒い光点。それは、アスタリカの領内にあった。

次に向かうべき場所は、皮肉にも、長年の仮想敵国の、ただ中だったのだ。


「……一つ、伺ってもよろしいですか」


わたくしは、慎重に問うた。

「アスタリカは、我が国とは長く敵対してきた間柄。その国がなぜ、わたくしのような敵国の者に、頭を下げてまで助けを求めるのです?」


ザイードの目が、わずかに揺れた。


「……それだけ切迫している、ということです。国の存亡が、かかっている。誇りより、民の命だ」

その声に、嘘の響きはなかった。

「それに——あなたなら、敵味方の隔てなく、飢えた者に手を差し伸べる。そういう御方だと、聞いております」


その夜。アルヴィスと二人、語り合った。


「罠かもしれん」

アルヴィスは慎重だった。

「アスタリカは、油断ならん国だ。お前の力を欲しがる者は、宰相だけではない。——お前をおびき寄せて、その舌を奪う気かも」


「ええ。その可能性は、あります」

わたくしは頷いた。

「でも——西の光点は、本物です。あの地で今も、人が飢え、苦しんでいる。それも、また事実」


胸元の三つの珠が、西を指すようにかすかに脈打っている。


「行きます。たとえ敵国でも。飢えた人がいるなら、わたくしは鍋を持って駆けつける。——それに」


アルヴィスを、まっすぐに見た。


「アスタリカには、大陸最大の古文書庫があると、聞いたことがあります。神の舌の真実。あのお方の正体。——その続きを知る手がかりも、きっと、あの国に」


危険な、敵国への道。けれど、その先に、災いに苦しむ民と、世界の謎の核心が待っている。


「決まりだな」

アルヴィスが、ふっと笑った。

「——二人で行こう。西の大国へ」


けれど、ことはそう簡単ではなかった。


翌朝、出立の支度を進めるわたくしたちに、家令のセバスが深刻な顔で進言した。


「奥方様。旦那様。……どうか、お考え直しを。辺境伯であられる旦那様が、仮想敵国アスタリカの地へ自ら足を踏み入れる。これは、ただの人助けでは済みません」


セバスの言うことは、もっともだった。

アルヴィスは、王国の北の守りを担う辺境伯。その彼が敵国へ渡ったと知れれば、「辺境伯が、敵国と内通している」——そんな噂を立てられかねない。


かつて宰相に、逆賊に仕立てられたあの悪夢が頭をよぎる。

敵は、こちらの善意すら毒に変えて利用してくる。


「……分かっている」

アルヴィスの顔が引き締まった。

「だが、セバス。おれはもう決めた。理由は、二つ」


「一つは、セラを一人で、危険な敵国へ行かせるわけにはいかん。当然だろう」


「もう一つは?」


「世界の理が綻び続ければ。いずれ、敵も味方も国境も関係なく、すべてが飢えて滅ぶ。——おれは、ヴァルドの領主だ。領民の、その先の未来を守るためなら、多少の汚名は引き受ける」


その揺るぎない言葉に、セバスは深く頭を垂れた。


「……かしこまりました。では、せめて王都には、“療養の旅”と届けておきましょう。少しでも、火種を減らすために」


頼れる家令の心配りに、頭が下がった。

背負うものは、わたくし一人のものではない。アルヴィスの立場も、ヴァルドの安寧も、すべてを賭けた旅になる。


新たな戦いの幕が、いま、上がろうとしていた。

これまでで、最も大きく、最も危険な舞台。


けれど、わたくしの胸に迷いはなかった。

鍋ひとつ、舌ひとつ。

それさえあれば、どんな大国の、どんな災いの前でも、わたくしは、わたくしのやり方で立ち向かえる。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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