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【7/5 7AMに最終話投稿予定】追放された令嬢ですが、前世は料理人でした ~辺境で餌付けしていたら、冷徹な旦那様に溺愛されています~  作者: P作
第6章 渇いた砂と潤いの神

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第60話 よみがえる大地

潤いが還ってから、サウディスの変化は、目を見張るものだった。


枯れて砂に変わっていた農地に、ふたたび水気が戻る。


灰色の大地が、黒くしっとりとした土へとよみがえっていく。


種をまけば、芽が出る。


涸れていた井戸に水が湧く。


——死にかけていた国が、息を吹き返していった。


わたくしたちが王都へ戻ると、そこは歓喜に沸いていた。


「奇跡だ! 大地が、よみがえったぞ!」


「水だ! 井戸に、水が戻った!」


人々が抱き合い、泣いて喜んでいる。


つい先日まで飢えと絶望に沈んでいた都とは、まるで別の場所のようだった。



謁見の間で、サウディスの国王は玉座から立ち上がり、深々と頭を下げた。


「セレスティア殿。そなたは、我が国の救世主だ。この恩は、生涯、いや国が続くかぎり、語り継がれよう。——どうか、望むものを申されよ。金銀財宝でも、領地でも。そなたの望みなら何なりと」


「もったいないお言葉です」


わたくしは微笑んで、首を振った。


「ですが、わたくしが望むのは、報酬ではありません。——ただ、サウディスの皆さんが、もう一度あたたかい食卓を囲んで笑ってくださること。それが、何よりのご褒美です」


その言葉に、王は目を潤ませた。


居並ぶ宮廷の者たちも、感じ入ったように頭を垂れる。


——けれど、その中に一人だけ、苦々しい顔の男がいた。


宰相、ラシッド。



「……ふん。異国の小娘が、調子に、乗りおって」


国を発つ前夜、わたくしは、大地の再生を祝う宴の席で、ラシッドにも料理を振る舞った。


形ばかりの、礼節の交換。


彼は、慇懃に礼を述べ、わたくしの料理を、口に運んだ。


——その、ほんの一瞬。


ぞくり、とした。


《美食家の舌》は、料理の真価だけでなく、それを口にする者の、心の機微すら、わずかに、読み取ることがある。


長い対話より、ひと匙を共にした、その刹那のほうが、雄弁なときがある。


そして、ラシッドが料理を味わった、その瞬間に、舌が捉えたのは——歪んだ、奇妙な“味”だった。


満ち足りた、勝者の余裕。


けれど、その奥に、隠しきれない、ねっとりとした、企みの気配。


安堵ではない。


むしろ、何かが、彼の計算どおりに、進んでいることへの、密かな、愉悦。


——まるで、この災いすら、織り込み済みであったかのように。


(……この男は)


確信が、胸の底で、冷たく固まった。


けれど、わたくしは、表情を変えなかった。


ここで、迂闊に問い詰めれば、警戒され、尻尾を隠されてしまう。


証拠が、ない以上。


今は、気づかぬふりをして、泳がせるほうがいい。


——それが、王都での戦いで、わたくしが学んだことだった。


「お口に、合いましたでしょうか。ラシッド様」


わたくしは、何食わぬ顔で微笑んだ。


「……ああ。実に、見事な腕前だ」ラシッドも、にこやかに応じる。


「異国の客人よ。災いを鎮めてくれた、礼を言う。——どうか、道中、お気をつけて」


互いに笑みを、交わす。


けれど、その笑みの裏で。


わたくしたちは、確かに、相手の“底”を、探り合っていた。


(……この男も、何か大きなものと繋がっている)


確信は、なかった。


けれど、宰相の言った“あのお方”。


世界の理を歪ませる、何か。


それと、各国のこうした野心家たちが——どこかで繋がっているのではないか。


そんな嫌な予感が拭えなかった。


いつか、必ず。


この男の“隠し味”の、正体を。


——わたくしは、胸の奥で、静かに、誓った。



サウディスを発つ日。


カシムが別れを惜しんで、見送りに来てくれた。


「セラ様。あなたと出会えて、本当によかった。——あなたは、おれの、いいえサウディス全土の、命の恩人です」


「こちらこそ。カシムさんがいなければ、砂漠で迷っていました。——どうか、お元気で」


別れの言葉を交わし、わたくしたちは馬車に乗り込んだ。


ヴァルドへ。


あたたかな、我が家へ。


帰りの道すがら。


わたくしは、二つの珠をそっと取り出して、見つめた。


ノルドの味の神。


サウディスの潤いの神。


——二柱の、忘れられた古い神々。


どちらも本来は、世界に恵みを与える者だった。


それが忘れられ、飢え、渇き、暴走していた。


そして、その背後に横たわる、大きな謎。


“あのお方”。


失われし、世界の理。


(……まだ、いるはず)


わたくしは、確信していた。


忘れられた神は、この二柱だけではない。


世界には、まだいくつもの綻びかけた“理”が眠っている。


そして、そのすべての根源に——きっと、“あのお方”がいる。


「アルヴィス様。わたくしたちの旅は、きっとまだ、これからです」


「ああ」アルヴィスは頷き、わたくしの手を握った。


「だが、何度でも言う。——何が来ようと、二人でだ」


馬車は、北へ。


ヴァルドへと、進んでいく。


二柱の神を救い、二つの国を救った。


けれど、世界の謎は、まだその入り口を覗いたばかり。


“あのお方”の待つ、核心へ。


——わたくしたちの物語は、続いていく。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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