表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【7/5 7AMに最終話投稿予定】追放された令嬢ですが、前世は料理人でした ~辺境で餌付けしていたら、冷徹な旦那様に溺愛されています~  作者: P作
第6章 渇いた砂と潤いの神

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
58/122

第58話 砂漠の恵み

窪地の縁までいったん退き、わたくしはカシムに問いかけた。


「カシムさん。教えてください。——この砂漠で、人々はどうやって、水を、潤いを得てきたんですか。乾ききった、この土地で」


カシムは、しばらく考えてから答えた。


「水源は限られています。オアシス。地下の水脈。それに……砂漠の民は、植物からも水を得ます。たとえば、サボテンのような多肉の植物。あれは、乾いた大地でも、体の中にたっぷりと水を蓄えているのです」


「水を蓄えた、植物……!」


わたくしの中で、何かが繋がった。


そうだ。ただの水ではいけない。

この神が渇いているのは、“命の潤い”。


——だとすれば、命あるものがその身に蓄えた、生きた水こそが、答えになるのではないか。

乾いた大地で、それでもけなげに命を繋いできた植物。その、ひと粒の潤い。


「カシムさん。その、水を蓄えた植物、近くにありますか?」


「ええ。この窪地の周辺にも。枯死をぎりぎりで耐えている株が、いくつか」



わたくしは、すぐに調査を始めた。


砂漠の過酷な環境を生き抜く植物たち。

カシムの案内で、それらを一つひとつ確かめていく。


多肉植物。地下深くに根を張る灌木。朝露を葉に集める苔。

——どれも、わずかな潤いを必死に抱え込んでいた。


《美食家の舌》で、それらの“真価”を視る。


すると、見えてきた。

命を繋ぐための潤い。

砂漠の植物が、何代もかけて磨き上げてきた、生命の知恵。


ただの水とは、まるで違う。

濃く、強く、生きようとする意志に満ちた潤い。

——これだ。これこそが、渇いた神が本当に求めているもの。


「これらを、使います」


わたくしは確信した。


「砂漠の植物が蓄えた、生きた潤い。それを集めて、一皿に。——でも、ただ絞るだけじゃ足りない。もっと命の力を引き出して、凝縮させないと」



問題は、調理法だった。


前世の知識を、総動員する。

乾いた土地の、保存と凝縮の技法。

——干す。煮詰める。発酵させる。


砂漠の民が、わずかな実りを無駄にしないために培ってきた、知恵の数々。


「カシムさん。サウディスには、果実を天日で干して、甘みを凝縮させる習慣はありますか」


「ええ、もちろん。干した棗椰子(ナツメヤシ)は、我が国の宝です。日持ちし、力の源になります」


「それです……!」


道が、見えた。


砂漠の植物が蓄えた、生きた潤い。それを搾り、棗椰子の濃密な甘みと合わせる。

さらに、わずかな塩を加え、とろりと煮詰める。


——そして、最後の隠し味。

わたくしは、旅の荷から、ヴァルドの味噌を、ほんのひと匙だけ、取り出した。


発酵が生んだ、深い旨味とコク。

それを、ほんの少し溶き入れることで、ただ甘く潤うだけの一皿に、命の“厚み”が加わる。


干し、煮詰め、そして発酵。

——砂漠の知恵と、前世の保存技術の、すべてを注ぎ込む。


命の水分を逃さず、けれど薄めず。

乾いた大地の、ありったけの“潤い”を、ひと匙に凝縮した——“命のしずく”とでも呼ぶべき一皿。


それは、前世とこの世界、二つの知恵が出会って初めて生まれる味だった。


砂漠の民が、過酷な大地で、命を繋ぐために編み出してきた知恵。

そこへ、前世のわたくしが学んだ、凝縮と熟成の技を重ねる。

どちらが欠けても、たどり着けなかった。


「作れます。——いいえ、作ってみせます」


わたくしの中で、レシピが組み上がっていく。


砂漠の知恵と、前世の技術。

それが一つに溶け合って、渇いた神を満たすための、たった一皿へと姿を変えていく。


「アルヴィス様。カシムさん。——手伝ってください。砂漠中の、命の潤いを集めるんです」


「ああ。任せろ」


「もちろんです、奥方様!」


二人が力強く頷いた。



砂漠を駆け巡る、潤い集めが始まった。


枯死をぎりぎりで耐える多肉植物を、傷つけぬよう丁寧に採る。

岩陰に隠れた、わずかな苔。

地下深くへ根を伸ばす灌木の、みずみずしい新芽。


一つひとつは、ほんの少しの潤い。

けれど根気よく集めれば、確かな量になる。


アルヴィスは、その膂力(りょりょく)で固い砂地に埋もれた根を掘り起こした。

カシムは、長年の経験で潤いを蓄えた株を、的確に見つけ出す。


「この岩の北側は、朝露が残りやすい」

「この窪みの下には、古い水脈の名残が」


——砂漠の民の知恵は、まさに、生きた地図だった。


そうして集めた命の潤いを、わたくしは仮の竈でさっそく試した。

搾り、棗椰子と合わせ、煮詰める。


——けれど、最初の一滴を舐めて首をかしげた。


「……まだ、薄い。命の力が、ぼやけてしまっている」


煮詰めすぎれば、命の瑞々しさが飛んでしまう。

煮足りなければ、潤いが凝縮しきらない。


その、ぎりぎりの境目を《美食家の舌》で見極める。


火加減を、ほんの少し弱める。

棗椰子の量を、わずかに増やす。

塩を、ひとつまみ。


——何度も、舐めては、直す。


そして、幾度目かのひと匙。


「……これだ」


舌の上で、生きた潤いがはじけた。

濃く、力強く、けれど優しい。


乾いた喉を、命そのもので満たすような、奇跡の一滴。

砂漠のすべての命が、この、ひと匙に宿っていた。


「カシムさん、これを口にしてみて」


差し出したひと匙を、おそるおそる口に含んだカシムさんが、その瞬間、目を見開いて崩れ落ちた。

彼の乾いた目から、大粒の涙がこぼれ落ちる。


「ああ……これだ、これです奥方様。オアシスじゃない、これは我が祖国サウディスそのものの、大地の歓喜の味だ……!」


「これなら——きっと、あの神様に、届く」



——けれど、刻一刻と、神の渇きは限界へ近づいていた。

間に合うか。

それは、時間との戦いでもあった。



最後まで読んでいただきありがとうございます。

続きが気になったら、評価とブックマークで応援いただけると執筆の励みになります!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ