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【7/5 7AMに最終話投稿予定】追放された令嬢ですが、前世は料理人でした ~辺境で餌付けしていたら、冷徹な旦那様に溺愛されています~  作者: P作
第6章 渇いた砂と潤いの神

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第56話 灼熱の砂漠

南西の大砂漠へ向かう一行に、心強い同行者が加わった。

商人のカシムだ。


彼は砂漠の交易路を、知り尽くしていた。

「あなた方だけでは、砂漠で迷い、干からびてしまいます」と。


ノルドでのリーセがそうだったように、今度はカシムが、わたくしたちの道案内になってくれた。

らくだに荷を積み、たっぷりの水を蓄え、一行は王都を発った。



砂漠は、ノルドの雪山とは、何もかもが正反対だった。


照りつける、容赦ない陽。

見渡すかぎりの、砂、砂、砂。

昼は肌を焼く灼熱。夜は一転して、凍えるほどの寒さ。

風が吹けば砂が舞い、視界を奪う。


一歩ごとに、足が熱い砂に沈み込む。

それでも、進む方向に迷いはなかった。


近づくほどに、《美食家の舌》がはっきりと捉えていたからだ。

命の気配が消えていく、その境界を。


ノルドでは、味が薄れていった。

ここでは、命そのものが薄れていく。

わずかな砂漠の植物すら緑を失い、灰色に枯れていく。


その枯死の濃淡が、わたくしを震源へと導いてくれた。


「この感じ……間違いありません。震源は、この先です」


「ああ。——おれにも分かる」


アルヴィスが、ぴりつく空気に目を細めた。


「ノルドの山と同じだ。あの、人智の及ばぬ気配が、濃くなってくる」



だが、砂漠は、たやすく行く手を阻んだ。


二日目の昼過ぎ。

突然、空が黄色く濁ったかと思うと、轟音とともに、砂の壁が地平の彼方から押し寄せてきた。


「砂嵐だ! 急いで、らくだの陰へ!」


カシムが叫んだ。

けれど、嵐の足は速かった。


たちまち視界が砂に覆われ、目も開けていられない。

息をすれば、口の中がざらりと砂で満ちる。

立っているだけで、体ごと吹き飛ばされそうだった。


「セラ! 手を離すな!」


アルヴィスがわたくしを引き寄せ、外套で包むように抱きかかえた。

彼の体が、吹きつける砂の壁になる。


カシムの指示で、皆がらくだの陰に身を寄せ、布をかぶって、ただ嵐が過ぎるのを待った。


どれほどの時間が、過ぎただろう。

やがて轟音が遠ざかり、嵐は去った。


「……無事か、セラ」


「はい。アルヴィス様が、守ってくださったので」


外套の中は、彼の体温で、あたたかった。

砂まみれになりながら、わたくしたちは顔を見合わせて笑った。


生きている。それだけで、十分だった。


「砂漠は、気まぐれだ」


カシムが砂を払いながら言った。


「だが、嵐のあとは決まって、空が澄む。——進みましょう。震源は、もう近い」



砂漠を、三日。

過酷な行程の中でも、わたくしは皆の食事だけは、手を抜かなかった。


灼熱の中で、冷たく冷ましたヴァルドの保存食。

乾いた体に染み渡る、塩気の効いた汁物。


疲れた一行がそれを口にして、ほっと息をつく。

その姿を見るたびに、改めて思う。


どんな過酷な場所でも、あたたかい——いや、この暑さでは冷たい食事が、人を生かし、支える。

料理の力は、どこでも変わらない。


「奥方様の飯がなけりゃ、こんな旅、とてももたねえや」


カシムが、汁物をすすりながら、しみじみと言った。


「砂漠の旅は何度もしてきたが……こんなにしあわせな砂漠は、初めてだ」


その言葉に、皆が笑った。

灼熱の砂漠に、つかの間のあたたかな笑い声がこぼれる。


アルヴィスが、そっとわたくしに身を寄せてきた。


「……お前は本当に、どこへ行っても変わらんな。雪山でも、砂漠でも。人の集まる場所に、笑顔を灯していく」


「ふふ。料理人ですから。——それに、笑顔がなくちゃ、どんな困難にも立ち向えませんもの」


その夜、満天の星の下で、わたくしは胸元の珠を、そっと取り出した。

砂漠の冷たい夜気の中で、それはほのかにあたたかい光を放っている。


ノルドの味の神は、今も、わたくしを見守ってくれているだろうか。

これから向かう先に、いったい何が待っているのか。


——不安がないと言えば、嘘になる。

けれど、隣で眠るアルヴィスの寝顔を見ていると、不思議と心が凪いだ。



そして、四日目の朝。

砂丘をひとつ越えた、その先に。

わたくしたちは、それを見た。


広大な砂漠のただ中に——ぽっかりと口を開けた、巨大なすり鉢状の窪地。

まるで、大地が内側からえぐり取られたかのよう。


そして、その底に。

「……あれは」


砂が渦を巻いていた。底の中心へと。

何か巨大なものがそこにいて、絶え間なく大地の“命”を吸い込んでいるかのように。


窪地全体から、命を枯らすあの禍々しい気配が陽炎のように立ちのぼっている。


ノルドの、氷の山。

そして、サウディスの、この砂の窪地。


形はまるで違う。

けれど——理を綻ばせる、その核心が、ここにもまた潜んでいた。


「……行きましょう」


わたくしは、その窪地を見据えた。

胸元の珠が警告するように、熱く脈打っている。


「あの底に、答えがあります。——この枯死の、本当の原因が」


灼熱の砂漠の、その最奥へ。

わたくしたちは、足を踏み出した。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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