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【7/5 7AMに最終話投稿予定】追放された令嬢ですが、前世は料理人でした ~辺境で餌付けしていたら、冷徹な旦那様に溺愛されています~  作者: P作
第6章 渇いた砂と潤いの神

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第55話 渇いた王宮

サウディスの王都は、かつての繁栄の名残を、かろうじて留めていた。


白い石造りの街並み。

高くそびえる尖塔。

けれど、その美しい都も、枯死の波からは逃れられていなかった。


街路樹は枯れ、噴水は干上がり、市場にろくな食料も並んでいない。

人々の顔には一様に、飢えと不安の影が差していた。


カシムの手引きで、わたくしたちは王宮へ通された。


異国の貴族が、災いを鎮めに来た——。

その噂は、すでに広まっていたらしい。

すがるような視線が、あちこちからわたくしたちに注がれる。


それは、ヴァルドや自国の王都とは、また違う切実な期待だった。

胸が、ずしりと重くなる。

この人たちの希望を、背負って立つのだ。



謁見の間で、わたくしたちを迎えたのは、サウディスの国王だった。


老齢の、けれど、かつては聡明だったと思わせる王。

しかし今は、度重なる災厄に、すっかり憔悴しきっていた。

玉座にもたれる姿に、覇気はない。


「よくぞ参られた。北の災いを鎮めたという、異国の魔術師よ」


王の声はかすれていた。


「もはや、余には打つ手がない。神官に祈らせ、学者に調べさせ……それでも、大地は枯れ続ける。民は飢え、国を捨てていく。——どうか、そなたの力で、この国を救ってはくれぬか」


「精一杯、尽くします」


わたくしは深く礼をした。


「ですが、陛下。わたくしは魔術師ではありません。ただの料理人です。——けれど、料理人だからこそ見えるものがあると、信じています。まず、この枯死がいつ、どこから始まったのか。詳しくお聞かせください」



王と宮廷の者たちから話を聞くうちに、わたくしはノルドのときと同じ“形”を、見つけ出していった。


枯死が始まったのは、半年ほど前。

最初に異変が起きたのは、国の南西——大砂漠と国土が接する、辺境の村々から。

それがじわじわと内側へ、王都の方へと広がってきたのだという。


「南西の大砂漠……」


わたくしは、その言葉を胸に刻んだ。


ノルドでは、北の氷の山。

サウディスでは、南西の大砂漠。

——どちらも、人の住まう土地のいちばん果て。文明の、外側。


そこから異変は滲み出してくる。


(……やはり、何かがいる)


ノルドの氷の山には、飢えた味の神が眠っていた。

ならば、この大砂漠にも、きっと何かが。

理の綻びを生む、根源となる“何か”が。


胸元の珠が、ふと、かすかに、あたたかく脈打った気がした。

まるで、わたくしの直感を、肯定するように。



「——お待ちを」


そのとき、謁見の間に、よく通る声が響いた。


進み出てきたのは、豪奢な衣をまとった壮年の男だった。

鋭い目つき。隙のない、洗練された物腰。

一目で、ただの宮廷貴族ではないと分かる。


「陛下。このような異国の客人に、過度な期待を寄せられるのは、いかがなものかと。——もちろん、災いを鎮める手があるなら、歓迎いたします。ですが、我が国の食糧庫の差配、難民への配給、隣国との折衝。それらはすべて、この私が、滞りなく管理しております。料理人の手を借りずとも、民が飢えて死ぬことはありません」


そつのない、よく通る声だった。

傲慢に喚き散らすのではない。


むしろ、理路整然と、自分の有能さを示しながら、やんわりと、わたくしの存在価値を、削いでみせる。


「あれは、宰相のラシッド殿です」


カシムが声を潜めてわたくしに囁いた。


「飢饉のさなか、配給を巧みに差配し、民の人気を、一身に集めている男。今や、憔悴した国王より、彼を頼る者のほうが、多いほどで……。王亡き後の実権は、彼のものだと、誰もが囁いております」


宰相、ラシッド。

——また、宰相か。


けれど、王都のあの宰相とは、毛色が違った。

あちらが、陰で糸を引く蜘蛛なら。

この男は、表舞台で、堂々と人心を掌握する、為政者。

有能で、抜け目がなく、それゆえに、手強い。


ラシッドは、わたくしを値踏みするように、じろりと見た。


「異国の魔術師よ。ひとつ、忠告を。——もし災いを鎮められなんだら、その時は、いたずらに希望を見せられた民の失望が、国を、より深く蝕む。期待とは、裏切られた時に、刃に変わるもの。あなたが背負うのは、そういう責任だ。——よくよく、お考えになることだ」


おもては、案じるような口ぶり。

けれど、その実、わたくしを牽制し、退かせようとしている。


さすが、人心を操ることに長けた男だった。

あからさまに喚き散らす相手より、よほど厄介だ。


それでも、わたくしは怯まなかった。

こういう手合いも、ヴァルドでも王都でも、嫌というほど相手にしてきた。


「ご忠告、痛み入ります。——ですが、わたくしは口先で、お約束はしません。結果でお見せします。料理人はいつだって、味で語るものですから」


ラシッドの眉が、ぴくりと跳ねた。

値踏みするだけのつもりが、思わぬ手応えに、面食らったらしい。


「百聞は一見にしかず、と申します」


わたくしは王へ向き直った。


「陛下。さっそくですが、ひとつ、料理を作らせていただけませんか。——枯死を、すぐに止めることは、できません。けれど、この王宮にも、飢えと疲れが、満ちています。まずは、その一杯から」


王の許しを得て、わたくしは厨房を借りた。


乏しい王宮の食材に、持参したヴァルドの保存食を少しだけ加える。

魚醤で深みを、燻製で香りを。


乾いて生気を失っていた宮廷の食材が、《美食家の舌》の導きで、見違える一皿へと生まれ変わっていく。


供されたスープを、憔悴しきった王がひと口すすった。

その瞬間、王の目がかっと見開かれた。


「……これは。なんという、滋味だ。乾いた喉に、命が染み渡るようだ……。災いが始まってから初めて、食事がうまいと思えた」


王だけではなかった。

宮廷の者たちも、おそるおそる口にして、次々と感嘆の声を上げる。


飢えと不安でささくれ立っていた謁見の間の空気が、一杯のスープで、ふっとほどけていく。


ラシッドだけが苦々しげに、その光景を睨んでいた。

料理人風情と侮った相手が、王の心を、たった一皿で掴んでみせた。

その事実が、彼の傲慢を確かに揺さぶっていた。


「……ただの口先では、ないようだな」


王が、わずかに頬を緩めた。


「よかろう。異国の料理人よ。そなたに、すべてを託す。この国を——どうか、救ってくれ」


足場は、できた。

あとは、震源へ。


新たな国。新たな災い。そして、新たな野心の影。

サウディスでの戦いも、一筋縄では、いきそうになかった。


けれど、わたくしには、確かな手応えもあった。

異変の震源は、南西の大砂漠。

——行くべき場所は、もう見えている。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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