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【7/5 7AMに最終話投稿予定】追放された令嬢ですが、前世は料理人でした ~辺境で餌付けしていたら、冷徹な旦那様に溺愛されています~  作者: P作
第6章 渇いた砂と潤いの神

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第53話 ただいま、ヴァルド

ヴァルドへ帰り着いたのは、雪のちらつく、よく晴れた日のことだった。


「奥方様! 旦那様! お帰りなさいませ!」


館の前には、セバスをはじめ、使用人たちが勢ぞろいで出迎えてくれた。


村からも、報せを聞いた人々が続々と集まってくる。


ハンスの人懐っこい顔も見えた。


移り住んだマルクたち料理人の姿もある。


「ご無事で、何よりです。……北の果てへ行かれたと聞いて、生きた心地がしませんでした」


セバスが目を潤ませる。


わたくしは笑って頷いた。


「ただいま、セバス。心配をかけて、ごめんなさい。でも、ちゃんとやり遂げてきましたよ」


我が家。


あたたかい、我が家。


雪と氷の世界から戻ってくると、その温もりが、いっそう身に染みた。


ハンスが人垣をかき分けて、前に出てきた。


「奥方様! 留守の間、商売のほうは、おれが、しっかり回しておきましたぜ。ヴァルドの保存食、今やあちこちの街で引っ張りだこでさあ。——けど、奥方様の顔を見られねえのが、いちばん、寂しかった」


「ありがとう、ハンスさん。あなたがいてくれて、本当に心強いわ」


村の女たちも口々に、おかえりなさいと声をかけてくれる。


誰かが、わたくしの好きな焼き菓子をそっと手に握らせてくれた。


マーサとアンナが仕込んだ、あの素朴な味だ。


ひと口かじると、甘さと一緒にじんわりと、帰ってきた実感が込み上げてきた。



その夜は、ささやかな帰還の宴になった。


わたくしは久しぶりに、腕によりをかけた。


味の還った食材で、思う存分。


魚醤の効いた具だくさんの汁物。


じっくり煮込んでとろりと甘くなった根菜。


ふっくら蒸した雑穀。


香ばしく焼いた燻製肉。


そして、新しく仕込みの仕上がった味噌で作った、具だくさんの肉味噌煮込み。


根菜と、脂ののった猪肉を、琥珀色の味噌でことことと煮込んだそれは、湯気からして、もう、たまらない。


湯気の立つ皿が、次々と卓に並ぶ。


味噌の香ばしい匂い。


出汁の、深い旨味。


それが館いっぱいに広がって、誰もがたまらず喉を鳴らす。


「うまい……! やっぱり、奥方様の料理は世界一だ!」


「この味噌ってのは、すごいな! 何にでも合う!」


「ああ、こんなうまいもん食ってると、生きててよかったって、しみじみ思うぜ……」


村人たちが夢中で頬張る。


その笑顔を見ているだけで、胸が満たされていく。


ああ、これだ。


わたくしが守りたいもの。


ノルドで、あの神様にも伝えたかったこと。


——あたたかい料理を囲んで、人が笑う。


この、ささやかでかけがえのない幸せ。


味を失った、あの白い世界を見てきたからこそ分かる。


この当たり前の食卓が、どれほど尊いものか。


湯気ひとつ、笑い声ひとつ。


そのすべてが、奇跡のように愛おしかった。


「セラ」


隣に座るアルヴィスが、ふと口を開いた。


手には、わたくしの作った汁物の椀。


「……お前は、本当にすごい女だ。雪山で、神を相手にしても。こうして、村人を笑顔にしても。お前の料理は、どこでも変わらず、人をしあわせにする」


「ふふ。お褒めにあずかり、光栄です」


「褒めているんじゃない。——惚れ直した、と言っている」


不意打ちの言葉に、わたくしの頬が、かっと熱くなった。


最近のこの人は、本当に、こういうことをさらりと言う。


心臓に悪い。


「……もう。不意打ちは、ずるいです」


「ふ。事実を言ったまでだ」


照れ隠しに、わたくしは椀を口に運んだ。


あたたかい汁物が、火照った頬とは裏腹に、じんと胸に染みる。


しあわせだった。


文句なく、しあわせな夜だった。



けれど——その平穏は、長くは続かなかった。


数日後。


ヴァルドに、一人の旅人が転がり込んできた。


ぼろぼろの身なり。


憔悴しきった顔。


けれど、その身につけているものは、明らかにどこか遠い、異国のものだった。


「……たすけ、て」


旅人は、館の門前で崩れ落ちた。


「どうか……“食の魔術師”さまに……南の国を……たすけて、ほしい……」


わたくしはすぐに、その人を保護した。


あたたかいスープを与え、介抱する。


落ち着いた頃、旅人は途切れ途切れに語りはじめた。


自分は、はるか南の国サウディスから来た商人だということ。


そして、その南の国で今、恐ろしいことが起きているということ。


「南の国の作物が……一斉に、枯れはじめたのです。緑が、黄に。実りが、灰に。豊かだった大地が、見る間に、不毛の砂へと……。このままでは、国中の民が、飢え死にしてしまう……!」


その言葉に、わたくしとアルヴィスは、顔を見合わせた。


ノルドの、味の異変。


そして今度は、南の国の、大地の枯死。


——偶然のはずがない。


「アルヴィス様。これは……」


「ああ」アルヴィスの顔が引き締まる。


「また“理”が綻びはじめた。——今度は、南で」


味の神は、言っていた。


これは、まだ始まりにすぎない、と。


世界のあちこちで、理が綻びはじめている、と。


その言葉が、現実になろうとしていた。


わたくしの戦いは——まだ、終わっていない。


いいえ、これから、もっと大きくなっていく。


新たな異変の地、南の国サウディスへ。


次なる謎が、わたくしを待っていた。



最後まで読んでいただきありがとうございます。

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