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追放された令嬢ですが、前世は料理人でした ~辺境で餌付けしていたら、冷徹な旦那様に溺愛されています~  作者: P作
第5章 味の還る国

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第47話 味の地図

調査は翌朝から始まった。


わたくしはまず、持参したヴァルドの食材を確かめた。

魚醤。燻製肉。味噌。乾物。

ノルドの地で、これらがどうなっているか。ひと口ずつ舐めていく。


「……ある。味が、ちゃんとある」


ほっと息をついた。

ヴァルドから持ってきた食材は、ノルドの地でも味を保っていた。


つまり、失われているのは食材そのものに宿る味ではない。

この土地で採れたり作られたりするものから、味が抜けていく。土地に、何かが起きている。

食材はその土地の異変を、移し取ってしまうのだ。


ひとつ、確かめたいことがあった。


「リーセさん。お願いがあります。わたくしの持ってきたこの乾物を、しばらくこの集落に置いておきたいんです。そして毎日、味を確かめさせてください」


もしヴァルドの食材すら、この地に置くうちに味を失っていくのなら。

異変は空気のように、土地そのものに満ちている。それを確かめるための実験だった。



その日から、わたくしは集落を歩き回った。


谷のあちこちで、雪を溶かした水を舐め、土を確かめ、わずかに残る植物の味を探る。

一歩ごとに《美食家の舌》を研ぎ澄ませて。


そして気づいた。味の薄れには、はっきりとした濃淡がある。


集落の南、ヴァルド寄りの場所では、味はまだかろうじて残っている。

けれど北へ、谷の奥へと進むほど、味は急速に消えていく。


族長の言ったとおりだった。震源は北。氷の山の方角。


わたくしは頭の中に、一枚の“地図”を描いていった。

味の濃い場所。薄い場所。消えた場所。

それを繋いでいくと、くっきりと浮かび上がってくる。


——同心円。


北の氷の山を中心に、味の消滅が波紋のように広がっている。

疑いようがなかった。すべての元凶は、あの山にある。


「やはり、氷の山……“眠りの山”ですね」


前世で、こんなふうに地図を描いたことがある。

客足の落ちた店の周りを歩き、人の流れや競合の位置を書き込んで、不振の“震源”を探った。


手法は同じだ。

見えない異変も、丹念に足で歩けば、必ず形になって現れる。



調査の合間。わたくしには、もうひとつ、やらずにはいられないことがあった。


ニルスに、あたたかいものを食べさせること。


たとえ味が分からなくても、せめてあたたかいものを。

そう思って、わたくしはヴァルドの食材で滋養のあるスープをこしらえた。

まだ味の残る魚醤と乾物で、丁寧に出汁をひいて。


「ニルスくん。少しでいいから、飲んでみて」


匙をその小さな口元へ運ぶ。

少年は、もう何を食べても同じだと諦めた顔で口を開けた。

けれどひと口すすって、その目がふっと見開かれた。


「……あれ。あったかい」


「そう。あたたかいでしょう?」


「うん。おなかが、ぽかぽかする。ひさしぶり。こんなの、ひさしぶりだ」


味は感じられなくても、あたたかさは伝わる。

冷えきった体に、滋養のあるスープがじんわりと染み込んでいく。

少年の青白い頬に、ほんのわずか赤みが差した。


それを見て、わたくしは確信した。


味は奪われても、料理が人を支える力まで奪われたわけじゃない。

あたたかさ。滋養。そして、誰かが自分のために作ってくれたという心。

それは、ちゃんと届く。だったら、わたくしにできることは、まだある。


「リーセさん。集落の皆さんにも、あたたかいスープを配りましょう。味は戻せなくても、せめて体を温めて、生きる力を繋ぎとめる。その間に、わたくしが必ず原因を断ちます」


そうしてその日、久しぶりに、集落のあちこちで、湯気の立つ椀を手にする人々の姿があった。


味はなくとも、誰かが自分のために作ってくれた、あたたかいもの。

すすった老人が、ぽつりと「……あったかいねえ」と呟いた。

その目に、わずかな光が戻る。消えかけた灯が、かすかに、揺れて燃えるように。



その夜。族長の館で、わたくしはアルヴィスとリーセに、調査の結論を告げた。


「原因は北の氷の山。“眠りの山”にあります。間違いありません。わたくしは、そこへ行きます」


リーセの顔がさっと青ざめた。


「そんな……! あの山は、決して近づいてはならない禁忌の地です! 古い言い伝えでは、足を踏み入れた者は、二度と帰らないと……!」


「それでも、行かなければなりません」


わたくしはまっすぐに言った。

「原因がそこにある以上、逃げていては何も変わらない。ニルスくんも、ノルドの皆さんも、味のない世界でゆっくりと衰弱していくだけ。わたくしは、それを見過ごせません」


アルヴィスが静かに頷いた。


「おれも行く。——どんな“眠れるもの”が待っていようとな」


すると、ずっと俯いていたリーセが、顔を上げた。

その青い瞳に、迷いと、それを振り切る決意が、揺れている。


「……わたしも、ご一緒します」


「リーセさん? でも、あの山は——」


「ええ。禁忌の地です。幼い頃から、近づくなと、何度も言い聞かされて育ちました」

リーセは、震える声で、けれどはっきりと言った。

「でも、掟を守って、ただ村が滅びるのを待つくらいなら。掟を破ってでも、弟を、皆を、救いたい。——それに、わたしはノルドの娘です。あの山へ至る雪道を、誰よりよく知っています。お二人だけでは、たどり着く前に、雪に呑まれてしまう」


その覚悟に、わたくしは胸を打たれた。

彼女は、ただ助けを求めるだけの人ではなかった。自らも、危険の中へ踏み出す勇気を、持っている。


「……ありがとうございます、リーセさん。心強いです」


族長は、娘の決意を、止めなかった。

ただ、皺だらけの手で、リーセの肩を、ぎゅっと握った。

万感の、こもった手だった。


「……どうか、無事で。三人とも」


凍てつく北の山。そこに眠る、得体の知れない何か。

それでもわたくしたちは、進むと決めた。

味の失われた世界の、そのいちばん深い核心へと。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

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