第42話 帰る場所
王都でのすべての務めを終え。
わたくしとアルヴィスは、ようやく辺境ヴァルドへの帰路についた。
行きとはまるで違う、晴れやかな道行きだった。
沿道の村々はわたくしたちの噂を聞きつけ、総出で見送ってくれた。
王都を救った辺境伯夫妻。
逆賊の汚名はすっかり晴れていた。
「……やっと帰れますね、ヴァルドに」
馬車に揺られながら、わたくしは思わず声を弾ませた。
「ああ」とアルヴィス。
「不思議なものだな。
おれにとってヴァルドは、長くただの寒くて貧しい辺境でしかなかった。
それが今では——いちばん帰りたい場所になっている」
「ふふ。それはきっと、あの土地にあたたかいものが増えたからですよ」
二人で顔を見合わせて笑った。
◇
辺境ヴァルドが見えてきたとき、わたくしは思わず息を呑んだ。
領地の入り口に——
村人たちが、それこそ領地中の人々が総出でわたくしたちの帰りを待っていたのだ。
芋の村のゴルド。漁村の漁師たち。
マーサとアンナ。ハンス。マルクの姿まである。
王都まで嘆願に向かってくれた、あの人たちが。
そしてわたくしたちの姿を認めると——
わっと地鳴りのような歓声が上がった。
「奥方様ーーっ! 旦那様ーーっ!」
「おかえりなさい! よくぞご無事で!」
「待ってましたぜ! さあ宴だ! 盛大なおかえりの宴だ!」
涙があふれた。
ここだ。ここがわたくしの帰る場所。
役立たずと捨てられたあの日には、想像もできなかった。
こんなにもあたたかくわたくしの帰りを喜んでくれる人たちがいる場所があるなんて。
「ただいま帰りました、皆さん!」
わたくしが叫ぶと、歓声はいっそう大きくなった。
その夜、ヴァルドはかつてない賑わいの宴に包まれた。
わたくしも腕によりをかけて料理を作った。
領地中の恵みを集めて、皆の笑顔のために。
——あたたかい湯気と笑い声の満ちる夜。
これこそがわたくしの守りたかったもの。
料理が人を笑顔にし、その笑顔が寄り添い合う——そんなささやかで、かけがえのない幸せ。
長い戦いは終わった。
わたくしはようやく手に入れたのだ。
本当の居場所と、愛する人と、守るべき人々を。
◇
——けれど。
その幸福な夜の片隅で、わたくしはふと、ひとつの消えない棘を思い出していた。
宰相。
捕らえられ、断罪されたはずのあの男。
けれど——後に届いた報せによれば、牢に繋がれていたはずの宰相は、処刑を前に忽然と姿を消したのだという。
まるで煙のように。誰にも気づかれることなく。
そして、彼が最後に残した言葉。
看守が聞いたという、その一言がわたくしの胸にずっと引っかかっていた。
『……“神の舌”よ。せいぜい今を楽しむがいい。
——“あのお方”が目覚めれば、お前は否応なく世界の真実に向き合うことになる』
“あのお方”。
それが誰を——いや、“何”を指すのか。
書庫で読んだあの古い記録。
『失われし世界の理が動き出すであろう』。
初代辺境伯の“神の舌”。そしてわたくしの転生。
——それらがまだ見ぬ巨大な何かへと繋がっている、その予感だけが確かにあった。
わたくしの戦いは、宰相を倒して終わったわけではなかった。
きっとこれは——もっと大きな物語の、ほんの始まりにすぎない。
「セラ、どうした? 難しい顔をして」
隣に来たアルヴィスが、わたくしの顔を覗き込む。
そのあたたかい声に、わたくしはふっと肩の力を抜いた。
「……いいえ、何でもありません」
迫りくる未来の嵐の予感。
けれど今は、このあたたかい夜を噛みしめよう。
隣にはこの人がいる。
周りには笑い合う人々がある。
どんな運命が待っていようと、わたくしにはもう帰る場所がある。守りたいものがある。
——だから、何が来ようと立ち向かえる。
「さあアルヴィス様、あなたも召し上がってください。
とっておきの一皿を作りますから」
わたくしは立ち上がり、笑った。
捨てられた令嬢の辺境ごはん再生記。
その第一幕は——あたたかい料理と満ち足りた笑顔とともに、幸福な幕を下ろす。
けれど物語はまだ終わらない。
“神の舌”を巡る世界の秘密。そして二人のこれからの日々。
——それはまた、次なる物語で語られることになる。
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