第41話 名誉と、約束
宰相の失脚は王都を大きく揺るがした。
長年宮廷に巣食っていた腐敗は、芋づる式に暴かれていった。
料理長は横流しの罪で捕らえられた。
バルトロス商会は不正な取引と毒物の供給に関与した咎で、その資産をすべて王家に没収された。
——辺境で、王都でわたくしたちを苦しめたあの巨大商会は、こうして跡形もなく崩れ去った。
ミレーユは王太子妃の座を剥奪された。
王の暗殺に加担した罪は重く、生涯、辺境の修道院で贖罪の日々を送ることになったという。
そして、王太子オルランドは。
「……廃嫡、ですか」
報せを聞いて、わたくしは思わず呟いた。
国王は人を見る目のない軽率な息子に、王位を継がせることを断念したのだ。
オルランドは王太子の地位を退き、地方の小さな領地の管理を任されることになった。
かつてこの国の頂点に立つはずだった男の、あまりに寂しい末路だった。
因果は巡る。
わたくしをすべてを持っていた立場から辺境へ突き落とした、あの日。
——その報いが今、彼自身に返ってきた。
◇
数日後。
わたくしとアルヴィスは、改めて国王の御前に召された。
正式な名誉回復と、論功行賞のためだ。
広間には諸侯が居並んでいる。
けれど、その視線はもうかつての侮りではなかった。
畏敬と感謝の眼差しだった。
「辺境伯アルヴィス。ならびに、その妻セレスティア」
国王の朗々とした声が響いた。
「両名は私欲なくこの国の危機を救った。
その忠義と功績は計り知れぬ。
——よって、辺境伯領ヴァルドに新たな領土と特権を与える。
今後、ヴァルドの産物は王家がその品質を保証しよう。
王都での商いも、何人たりとも妨げてはならぬ」
それは破格の恩賞だった。
バルトロス商会のような妨害は、もう二度と起こらない。
ヴァルドの豊かさは王家のお墨付きを得て、さらに大きく羽ばたいていくだろう。
「ありがたき幸せに存じます」
アルヴィスとともに深く礼をする。
「そして、セレスティア」
国王の声がふとやわらかくなった。
「そなたには特に伝えたいことがある。
——そなたの料理は、ただ美味いだけではない。
人を想い、人を生かす、まことの“心”がこもっている。
そなたは料理を通じて、この国に忘れられていた大切なものを思い出させてくれた。
……礼を言う。
そしてこれからもどうか、その手で多くの者を笑顔にしてやってくれ」
「——はい。必ず」
わたくしは万感の思いを込めて頷いた。
役立たずと笑われた《美食家の舌》。
ハズレと蔑まれた、その力が。
今、一国の王に認められ、感謝されている。
胸がいっぱいだった。
◇
すべての儀式が終わり。
わたくしとアルヴィスは王宮の静かな庭園に、二人きりで佇んでいた。
「……長い戦いだったな」
アルヴィスがしみじみと言った。
「ええ。本当に」
わたくしは頷いた。
婚約破棄から始まって。
辺境の再建、商会との戦い、王都の陰謀。
——振り返れば嵐のような日々だった。
ふと、出会った日のことがよみがえる。
「……覚えていますか?
わたくしがヴァルドに来た最初の日。
あなた、厨房に立つわたくしを見て『誰の許しを得て私の厨房に立っている』と。
あの凍るような声。
——わたくし、内心ずいぶん怖がっていたんですよ」
「……すまなかったな」
アルヴィスがばつが悪そうに目を逸らす。
その仕草がおかしくて、わたくしはくすりと笑った。
「いいえ。でもあのときわたくし思ったんです。
この人の凍りついた心を料理で溶かしてみせる、って。
——まさか本当にこんな日が来るなんて」
あの日、笑うことすら忘れていた男が。
今、わたくしの隣で穏やかな顔をして立っている。
あの日、ただ寒くて貧しかった辺境が。
今、人々の笑い声に満ちている。
奇跡みたいだ、と思う。
けれど、それは奇跡なんかじゃない。
一皿、また一皿と。
一人、また一人と。
地道に積み重ねてきた、その果てに辿り着いた確かな場所だ。
「だが」
アルヴィスがわたくしの方を向いた。
「おれはあの日——お前がヴァルドに来てくれた日を生涯忘れない。
お前が来てくれたから、おれの凍りついた人生は動き出した。
土地も心も、すべて」
彼はわたくしの手をそっと取った。
「セラ、改めて言わせてくれ。
——おれの妻でいてくれてありがとう。
そしてこれからも。ずっとおれの隣にいてほしい」
まっすぐなその言葉に、胸が震えた。
政略で結ばれた夫婦だった。最悪の始まりだった。
けれどいつの間にか、わたくしたちはこんなにも深く互いを想い合っている。
「……はい、喜んで」
わたくしは涙ぐみながら微笑んだ。
「わたくしもあなたと出会えて本当に幸せです。
これからもずっと——あなたの隣で、美味しいものを作らせてください」
穏やかな風が庭園を吹き抜けていく。
捨てられた令嬢と、氷の死神。
最悪の出会いから始まった二人は今、誰よりも固い絆で結ばれていた。
長い王都での戦いは——
こうして、幸福な約束とともに幕を閉じたのだった。
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