第40話 再会と、癒しの一皿
宰相が衛兵に引き立てられ、広間から消えた。
張り詰めていた空気が、ようやく緩む。
諸侯のざわめきが安拓と興奮の色を帯びて広間を満たしていく。
——終わった。長い戦いが。
そのとき。
広間の奥の扉が開いた。
近衛兵に伴われ現れたのは——アルヴィスだった。
地下牢から解放された彼は、わたくしの姿を認めると、その厳めしい顔をくしゃりと歪めた。
そして大股に、まっすぐこちらへ。
「セラ……!」
「アルヴィス様!」
人目もはばからず、わたくしは駆け寄りその胸に飛び込んだ。
彼の力強い腕がわたくしをぎゅっと抱きしめる。
あたたかい。生きている。無事だった。
——それだけで、こらえていたものが一気にあふれ出した。
「……無事で。無事でよかった」
アルヴィスの声が震えていた。
あの「氷の死神」と恐れられた男が、わたくしの髪に顔を埋め、子どものように。
「お前を守れなかった。
引き離されて、何もできなかった。……すまない」
「いいえ」
わたくしは首を振った。
「あなたが必ず迎えに来ると信じていました。
だからわたくしも戦えたんです。
——わたくしたちはちゃんと勝ったんですよ。二人で」
「……塔に囚われている間」
わたくしは彼の胸に額を預けたまま、ぽつりと打ち明けた。
「何度もあなたのことを考えました。
地下牢でつらい目に遭っていないか、心が折れていないか、と。
——でも不思議と信じられたんです。
あなたならきっと諦めずにいてくれる、って」
「ああ」
アルヴィスの腕に力がこもる。
「おれも同じだ。
お前なら必ず何かを仕掛ける。だからおれも折れるわけにはいかなかった。
——離れていても、おれたちはずっと同じ方を見ていたんだな」
その言葉に胸が震えた。
引き離されても。冷たい石牢に隔てられても。
わたくしたちの心はひとときも離れていなかった。
むしろこの危機が、二人の絆がどれほど深いものか——それをはっきりと教えてくれた。
アルヴィスがわたくしを少し離して見つめた。
涙の滲んだその瞳が、やがていつもの頼もしい光を取り戻していく。
「……ああ、そうだな。——勝った。おれたちで」
広間のあちこちから、あたたかい拍手が湧き起こった。
引き裂かれた二人が再び結ばれた。
その光景に、誰もが目を細めていた。
◇
「辺境伯夫人」
玉座から国王がわたくしを呼んだ。
歩み寄ると、王は深くわたくしを見つめ、そして——ゆっくりと頭を下げた。
一国の王が。
「へ、陛下! どうかお顔をお上げください!」
「いや、礼を言わせてくれ」
王の声は万感の思いに満ちていた。
「そなたがいなければ、余は毒に蝕まれ何も知らぬまま死んでいた。
この国は奸臣の手に落ちていた。
……そなたは余の命とこの国を救ったのだ。
一料理人として果たしたその働き。——余の生涯の恩人だ」
「……もったいないお言葉です」
わたくしは深く頭を垂れた。
それからひとつ、お願いを口にした。
「陛下。恩賞を賜れるのでしたら——どうかわたくしにではなく。
塔でわたくしの見張りをしていた、ロイとティムという二人の若い兵士に。
あの者たちはわたくしが無実だと信じ、命を賭してこの場へ逃がしてくれました。
彼らがいなければ、宰相の罪は暴けなかった。
——どうか罰ではなく報いを」
「ほう。——よかろう。その者たち、取り立ててやろう。
命を賭して正義を選んだ者を罰する道理はない」
広間の隅で控えていたロイとティムが、ぱっと顔を輝かせた。
きっと自分たちこそ咎を受けると覚悟していたのだろう。
わたくしと目が合うと、二人は泣き笑いのような顔で深々と頭を下げた。
それでいい。あの優しい若者たちが報われるなら。
料理で結んだ縁が、またひとつ幸せな形に実を結んだ。
「ですが陛下。——まだお体は本調子ではないでしょう。
毒は抜けても、長く弱った体はすぐには戻りません。
よろしければ最後に一品、陛下のための滋養の料理を作らせていただけませんか」
王のしわ深い顔がほころんだ。
「おお。——ぜひ頼む。
そなたの料理をまた食べられるとはな」
◇
わたくしは王宮の厨房を借り、心を込めて一皿を仕上げた。
弱った体に優しく染み渡る滋養の煮込み。
消化によく、けれど滋味は深く。
失われた精気をゆっくりと取り戻していくための、一皿。
《美食家の舌》が、今の王の体に何が必要かを教えてくれる。
湯気の立つそれを王の御前へ。
ひと口口に運んだ国王の目が——じわりと潤んだ。
「……ああ、うまい。
体の芯から力が湧いてくるようだ。
……生きていてよかった。心からそう思える」
その言葉に、わたくしの胸も熱くなった。
これだ。これがわたくしの料理。
人を害するためではなく、人を生かし笑顔にするための力。
宰相が食を凶器に変えたのとは、正反対の。
——わたくしの信じる食のあり方。
弱っていた王の頬に少しずつ血の気が戻っていく。
それはこの国が再び健やかさを取り戻していく——
その始まりの光景のようだった。
長い長い戦いは、あたたかいひと皿の料理とともに、ようやく終わりを迎えようとしていた。
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