第39話 断罪の宴(後編)
「あなたがこの国に何をしてきたのか。
——一つ残らず白日のもとに晒させていただきます」
わたくしの宣言に、宰相はふっと嗤った。
「……愚かな。証拠もなしに。
逆賊の妄言など誰が信じる」
「証拠なら、ここに」
わたくしは手を挙げた。
それを合図にマルクと料理人たちが進み出る。
彼らの手には一冊の帳簿——料理長の横流しの記録があった。
「宮廷に納められた食材の仕入れ台帳です。
質の悪い食材を最高級と偽り、高値で仕入れたことにして差額を着服。
その金の流れは——すべて、宰相、あなたの息のかかった者へと繋がっています」
ざわめく広間。
宰相の頬がぴくりと動いた。
「さらに」わたくしは続けた。
「その食材を納めていたのはバルトロス商会。
そして同じ商会が、陛下の薬湯に使われる薬草も納めていた。
——その薬湯に何が仕込まれていたか、陛下御自身がいちばんよくご存じのはずです」
国王の目がかっと見開かれた。
「……薬湯。あれを断ってから、余の体は嘘のように軽くなった。
まさかあれに——」
「遅効性の毒です。
長く飲み続ければじわじわと精気を奪い、衰弱させる。
陛下を病に見せかけて亡き者にしようとしていた。
——その首謀者が」
わたくしは宰相をまっすぐ指し示した。
「宰相、あなたです」
◇
「世迷い言を!」
宰相が声を荒げた。
初めてその仮面が完全に崩れる。
「でたらめだ! 私が陛下を害するなど!
その帳簿とて逆賊がでっち上げたものに決まっている! 証言とて——」
「証言ならございますわ」
わたくしは静かに告げた。
「ミレーユ様ご自身の口から。
——陛下がいなくなればオルランド殿下が王になり自分は王妃になれる、と。
宰相閣下も料理長も自分の言いなりだ、と。
あの夜、はっきりとおっしゃいました。証人も複数おります」
広間の貴族たちの中から、味方の数人が進み出て深く頷いた。
ミレーユの自白を確かに聞いた証人として。
離れた席で、ミレーユの顔から血の気が引いていく。
「ち、違いますわ! わたくしはそんなこと——!」
「往生際が悪いですわよ、ミレーユ様」
わたくしは静かに、けれどはっきりと言った。
「あなたは宰相にいいように利用されていただけ。
——王妃の座など、初めからあなたに譲るつもりなど宰相にはなかったのに」
その言葉に、ミレーユがはっと宰相を見た。
宰相の冷たい無関心な眼差し。
それがすべてを物語っていた。
自分がただの使い捨ての駒だったと——彼女は今、ようやく悟ったのだ。
「そ、そんな……閣下、わたくしはあなたのために……!」
「黙れ。——馬鹿な女が」
宰相が吐き捨てた。
その一言でミレーユはくずおれた。
◇
そしてその光景を
青ざめて見つめる男がいた。
王太子、オルランド。
彼は玉座の傍らでただ立ち尽くしていた。
自分が選んだ婚約者は、宰相の駒として王の暗殺に加担していた。
自分はその傀儡として利用されていた。
—— そして
自分が「価値がない」と切り捨てた女が、今この国を救おうとしている。
「オ、オルランド殿下もご存じだったのですか」
誰かが 、囁く。
その視線がいっせいにオルランドへと集まった。疑惑の目。
「ち、違う! 私は何も知らなかった!
ミレーユが、宰相が勝手に——!」
オルランドは必死に叫んだ。
けれど、その声は惨めに上ずっていた。
実際、彼は何も知らなかったのだろう。
宰相にとって、王太子もまた都合のいい操り人形にすぎなかった。
けれど——たとえ暗殺を知らなかったとしても。
彼が軽率に婚約を破棄し、宰相の意のままにミレーユを王太子妃に迎え、無能ゆえにすべての元凶を宮廷の中枢に招き入れてしまった。
その罪は消えない。
国王の冷ややかな視線が息子へと注がれた。
「……オルランド。お前のその見る目のなさ。
人を軽んじるその心根が、この国を滅びの淵まで追いやったのだ。
——王太子として、いや一人の人間として、恥を知れ」
父王の厳しい叱責に、オルランドは一言も返せず。
ただ青ざめてうなだれることしかできなかった。
かつて大勢の前でわたくしを罵り、切り捨てた、その同じ広間で。
今度は彼がすべてを失い、衆目に晒されている。
——因果は巡るのだ。
わたくしはその姿を静かに見つめた。
ざまぁ、と溜飲が下がる気持ちと、どこか虚しい憐れみと。
複雑な思いが胸をよぎった。
けれど振り返りはしなかった。
わたくしにはもう、守るべき新しい人生がある。
彼らのことはもう過去だ。
◇
潮目は完全に決した。
帳簿。金の流れ。バルトロス商会との繋がり。薬湯の毒。
ミレーユの自白。料理人たちの証言。辺境の民の嘆願。
——すべてが一つに束ねられ、宰相という巨悪へと収束していく。
「陛下!」
老侯爵が進み出た。
「もはや明白にございます。
この国を内側から蝕んでいた真の逆賊は——宰相、その人です!」
国王がゆっくりと立ち上がった。
病み衰えていたかつての姿は、もうそこにはなかった。
一国の王としての威厳を取り戻した、その姿で。
「……宰相。いや、もうその名で呼ぶ価値もない」
王の声が広間に轟いた。
「長年、余の傍らで忠臣の顔をしながら。
余を毒し、国を私物化し、罪なき者を逆賊に仕立て上げた。
——その罪、万死に値する」
「ぐ……っ、おのれ……!」
宰相が追い詰められ、何か叫ぼうとしたその時。
「衛兵! その者を捕らえよ!
——そして、 辺境伯アルヴィスをただちに解放せよ!
彼らは逆賊ではない。この国の真の忠臣である!」
国王の号令一下。
近衛兵たちが、今度は宰相へと殺到した。
先ほどまでわたくしを縛ろうとしていた、その手が。
形勢は完全に逆転した。
宰相が整えた断罪の舞台。
それはわたくしの言葉どおり——宰相自身が裁かれる、終わりの場所へと変わったのだ。
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