第38話 断罪の宴(前編)
国王の快復を祝う宴は、王宮の大広間で盛大に催された。
居並ぶ諸侯と貴婦人。
きらびやかな料理と酒。
その中心で玉座に座す国王は——
薬湯を断ってからの日々で、見違えるほど生気を取り戻していた。
頬に血の気が戻り、目には力が宿っている。
その傍らには宰相が控えていた。
穏やかな笑みの裏で、すべてが自分の思惑どおりに進んでいると確信している顔。
逆賊の辺境伯夫妻は捕らえた。
あとは頃合いを見て処分するだけ。
——そう高を括っているのだろう。
けれど、その宴の席にひとつの“異物”が紛れ込んでいた。
◇
給仕の列にまぎれて。
ロイとティムが命がけで運び込んだ一皿の料理が、国王の御前へと供された。
素朴な、けれど滋味あふれる煮込み。
——あの夜、わたくしが国王に振る舞い、王が涙したあの味。
国王が何気なくそれを口に運んだ、その瞬間。
「……っ」
王の動きが止まった。
見開かれた目。震える手。
——その味を、王は決して忘れていなかった。
「……この味は。この味はあの夜の——辺境伯夫人の料理ではないか」
王の声が、ざわめく広間に低く響いた。
「なぜこの味がここに。
あの料理人は——セレスティアは今、どこにいる」
その問いに、給仕は答えられない。
広間がにわかにざわつきはじめた。
宰相の顔からすっと笑みが消える。
◇
「……陛下」
進み出たのは、味方となったあの老侯爵だった。
彼は深く礼をして、まっすぐに国王を見上げた。
「畏れながら申し上げます。
辺境伯夫人セレスティア様は——謀反の疑いをかけられ、現在塔に幽閉されておられます」
「なんだと?」
国王の目つきが変わった。
「謀反だと?
あの、料理でこの国の食を憂え、余の体まで案じてくれた女が?
——ありえぬ。いったい誰がそのような疑いを」
そのとき。
広間の扉が大きく開かれた。
なだれ込んできたのは——マルクをはじめとする、宮廷を追われた料理人たち。
そしてその背後には、長い道のりを越えてきた辺境ヴァルドの民の姿が。
疲れ果て、埃にまみれながらも、その目には確かな決意を宿して。
「陛下! どうかお聞きください!」
マルクが床に膝をついた。
「セレスティア様は謀反人などではありません!
あの方は腐敗した宮廷の食を正そうとし——
そして、その腐敗の真の元凶を暴こうとしたために罠にはめられたのです!」
続いて、辺境の老漁師が震える声を振り絞った。
「おらたちは辺境ヴァルドの者です!
奥方様は飢えていたおらたちの村を救ってくださった恩人だ!
あの方が謀反人なわけがねえ!
どうか、どうか信じてくだせえ!」
民の必死の訴え。
それはどんな美辞麗句よりも王の心を打った。
◇
「……ほう。これはこれは」
凍りつく空気を破ったのは、宰相の冷ややかな声だった。
「陛下、お惑わされてはなりませぬ。
これは逆賊の一味による悪あがき。
料理人風情と辺境の民を使った、見え透いた芝居にございます。
——セレスティアの罪状は明白。
兵糧の備蓄、武具の調達、諸侯との不穏な書簡。
すべて動かぬ証拠が——」
「その証拠とやら」
凛と響いた声が、宰相を遮った。
広間中の視線が声の主へと集まる。
——大広間の入り口に。
凛と背筋を伸ばし、立っていたのは、
塔に幽閉されていたはずの——わたくし、セレスティアその人だった。
宴の喧騒、料理が王の御前へ届いたことを、ロイとティムが合図で知らせてくれた。
王がわたくしの存在に気づき、広間がざわめき出したその混乱の隙に、二人は命を賭して塔の鍵を開け、わたくしをここまで逃がしてくれたのだ。
「——よくもここまで」
宰相の穏やかな仮面が、初めてはっきりと剥がれた。
その目に隠しきれない焦りと憎悪が滲む。
わたくしはその視線をまっすぐに受け止めながら、一歩、また一歩と広間の中央へ進んでいった。
諸侯の驚愕の視線。民のすがるような眼差し。
そして玉座の国王のまっすぐな瞳。
——すべてがわたくしに注がれる。
逃げも隠れもしない。これがわたくしの選んだ戦い。
宰相が整えたわたくしを葬るための“舞台”は、今、宰相自身を断罪する場へと——変わろうとしていた。
「その証拠とやらが、いかに捻じ曲げられたものか。
陛下の御前ですべて明らかにいたしましょう。
——宰相閣下」
わたくしはまっすぐに宰相を見据えた。
「あなたがこの国に何をしてきたのか。
——一つ残らず白日のもとに晒させていただきます」




