第37話 塔から放つ一手
塔の中で、わたくしは見張りの兵士たちとすっかり打ち解けていた。
毎日のささやかな料理。
それを通じて、二人の若い兵士——ロイとティムは、もうわたくしを囚人としてではなく、一人の信頼できる人として見てくれるようになっていた。
「奥方様、今日も何か作ってくれるのかい?」
「ああ、あんたの料理を食うのだけが、この退屈な見張りの楽しみでよ」
人懐っこい笑顔。
——けれどわたくしはただ料理を振る舞っていたわけではなかった。
少しずつ彼らとの会話の中で、知りたいことを聞き出していたのだ。
宰相の動向。宮廷の様子。
そして——わたくしを救い出すために外で誰かが動いている気配はないか。
◇
そしてある日。
ティムが声を潜めて、こんなことを教えてくれた。
「……奥方様、妙な噂を聞いたぜ。
なんでも、辺境の連中が大挙して王都に向かってるらしい。
あんたの無実を訴えるためだ、とか。何百人もの村人がよ」
胸が熱くなった。
——皆が来てくれている。蒔いた種は確かに芽吹いていた。
「それから、宮廷でもおかしな動きがある。
宮廷を追われたはずの料理人たちや、何人かの貴族様がこそこそと集まってるって話だ。
宰相様はそれを潰そうと躍起になってるらしいが……」
「……そう、ですか」
外の味方たち。
けれどわたくしはここで、はっと気づいた。
このままではいけない。
皆がばらばらに動いては、宰相に各個撃破されてしまう。
辺境の民の嘆願も、料理人たちの証言も、貴族の連携も——
それらがひとつに束ねられ、決定的な瞬間に一斉に放たれなければ、宰相という巨大な相手には届かない。
(……必要なのは合図。すべてをひとつにする舞台と、合図)
◇
わたくしは考えを巡らせた。
塔の中から外の味方たちとどうやって連携するか。どうやって決戦の舞台を整えるか。
そして——その答えはわたくしのいちばんの“武器”の中にあった。
「ロイ。ティム。——ひとつ、お願いがあります」
わたくしは二人の兵士にまっすぐ向き合った。
「近く、陛下の快復を祝う宴が開かれますね。
その宴に、わたくしの作った料理を——一品だけ紛れ込ませていただけませんか」
「な……っ、そんなこと! ばれたらおれたちが——」
「大丈夫。決して迷惑はかけません。ただの料理です。
毒など入っていないことは、あなた方がいちばん知っているでしょう?」
わたくしは微笑んだ。
「その料理をひと口食べていただければ、きっと陛下は——わたくしの存在に気づいてくださる。
そして宮廷で何かが動き出す。——それだけでいいんです」
それは賭けだった。
けれど勝算はあった。
国王はわたくしの料理の味を知っている。
あの、涙したひと皿の味を。
同じ味の料理が宴の席に現れれば、国王は必ず思い出す。
『あの料理人はどこへ行った』と。
そして——わたくしが捕らえられていることと、その料理が結びついたとき。
聡明なあの王なら、この茶番の“異常さ”に気づくはずだ。
塔の中からでも料理は放てる。
それはわたくしにしか撃てない一手だった。
◇
ロイとティムはしばらく迷っていた。
それも当然だった。
わたくしはこの二人に命の危険を負わせようとしている。
ばれれば宰相は容赦なく、この若者たちを罰するだろう。
——それを分かっていて頼んでいる。
「……無理にとは言いません」
わたくしは静かに付け加えた。
「あなた方には、あなた方の暮らしと守るものがある。
だから断ってくれて構わないんです。
わたくしの勝手な戦いに、あなた方を巻き込みたくは——」
「——いや」
ロイがわたくしの言葉を遮った。
そしてぐっと拳を握って頷いた。
「やってみる。おれはあんたを謀反人だなんてこれっぽっちも思っちゃいねえ。
あんたみたいな優しい人をこんな目に遭わせる宰相のほうが、よっぽど悪党だ。
……それに」
彼は少し照れたように笑った。
「あんたの料理を毎日食わせてもらった。
こんなに人に良くしてもらったの初めてだ。
——その恩を返せねえようじゃ男じゃねえよ」
ティムも隣で力強く頷いた。
そのまっすぐな心に胸が熱くなった。
料理が結んだ絆。
それはこんな塔の中でさえ、確かに人を動かしていた。
「ありがとう。——この恩は必ず」
わたくしは深く頭を下げた。
塔の窓から空を見上げる。
決戦の宴はもう目前。
外では味方たちが集いつつある。
そして塔の中からは、わたくしの料理が放たれる。
すべてがひとつの一点へ——快復を祝うその宴の席へと、収束しはじめていた。
(……待っていてください、宰相閣下。
あなたが整えたその“舞台”を——丸ごとお借りして、あなたの終わりの場所に変えて差し上げます)
役者は揃った。あとは、幕が上がるのを待つだけ。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
続きが気になったら、評価とブックマークで応援いただけると執筆の励みになります!




