第36話 集う者たち
辺境伯夫妻が謀反の疑いで捕らえられた——
その報せは瞬く間に王都を駆け巡った。
宰相の思惑どおり、表向き人々は口をつぐんだ。
逆賊と関われば自分も同じ運命を辿る。誰もがそう恐れて見て見ぬふりを決め込んだ。
——けれど。
セレスティアが辺境で、そして王都で料理を通じて結んできた数えきれない縁は。
そんな宰相の脅しなど跳ね返すほどに強く、深かった。
◇
最初に動いたのはマルクだった。
「……黙って見過ごせるか」
宮廷を追われた料理人たちを、密かに自分の食堂へ集める。
「セレスティア様は、おれたちにもう一度料理人としての誇りを思い出させてくれた。
あの方が罠にはめられて捕らえられた。
なのにおれたちがまた保身のために口をつぐむのか?
——それじゃあ、あの頃と何も変わらないじゃないか!」
マルクの言葉に、料理人たちが次々と頷いた。
彼らは知っていた。
宮廷の腐敗の内側を。横流しの手口を。
料理長と宰相の繋がりを。
——それは宰相を追い詰めるための、生きた“証言”になる。
「おれたちの知っていることをすべて証言しよう。
命をかけてでも」
◇
味方になった貴族たちも動いた。
料理対決でセレスティアの実力を目の当たりにし、心を寄せた良識ある諸侯たち。
(そして胃の病を彼女の料理に救われた、あの老侯爵も)
「辺境伯夫人が謀反人だと? ——馬鹿馬鹿しい」
老侯爵は鼻を鳴らした。
「あの方がどれほど人を想い、食を通じて人を救ってきたか、この目で見てきた。
あれが謀反人なら、この国に忠臣など一人もおらぬわ」
彼らは密かに連携を始めた。
それぞれの伝手を使い、宰相の不正の証拠を裏付ける動きを。
そして——国王に直接嘆願する機会を窺った。
◇
そして、その報せははるか北の辺境ヴァルドにも届いていた。
「——奥方様が捕まっただと!?」
報せを聞いた行商人ハンスが、血相を変えて立ち上がった。
「ふざけるな! あの方が謀反人なわけがあるか!
あの方は、おれたちを飢えから救ってくれた恩人だ!
それをよりにもよって——!」
ハンスだけではなかった。
芋の村のゴルド。豆の村の人々。漁村の漁師たち。
マーサや、アンナ。
——セレスティアが料理で、希望で繋いできたヴァルドのすべての人々が、報せを聞いてひとつの場所に集まってきた。
「奥方様はおれたちの女神様だ」
「あの方がいなけりゃ、おれたちはとっくに飢え死にしてた」
「黙って見てられるか! おれたちにできることはねえのか!?」
口々に声を上げる。
そして——一人の老漁師が震える声で言った。
「……おれたちの声を届けようじゃねえか、王様に。
辺境ヴァルドがどれだけあの方に救われたか。
あの方がどれほどおれたちを想ってくれたか。
——“謀反人”なんかじゃねえってことを!」
その言葉に、人々がわっと沸いた。
ヴァルドの民が立ち上がる。
自分たちを救ってくれた女主人のために、今度は自分たちが彼女を救う番だと。
「——王都は遠い。馬を飛ばしても何日もかかる」
ゴルドがぐるりと皆を見回して言った。
「だが行こう、歩いてでもだ。
一人や二人の声なら握りつぶされる。
だが何百人もの民が押しかけて口を揃えて訴えりゃ、王様だって無視はできねえ。
——“嘆願”ってやつをしに行くんだ」
「おう!」と力強い声が返る。
老人も女も、子を背負った母親までもがなけなしの食料を包み、王都への長い道のりに向けて動きはじめた。
ハンスは彼らの先導と道中の差配を買って出た。
マーサとアンナは、道々で配るための握り飯をせっせと作りはじめた。
——かつてセレスティアが教えた、あの味で。
それは武器を取った軍勢ではなかった。
料理と感謝と想いだけを携えた、名もなき民の行進。
けれどその歩みは、宰相のどんな兵よりも重く、確かだった。
◇
塔の冷たい一室。
その熱気をまだ知らないまま、わたくしは見張りの兵士と言葉を交わしながら、静かに反撃の糸を手繰り寄せていた。
けれど——わたくしは信じていた。
一人ではない。
辺境で、王都で、わたくしが心を込めて結んできた縁は、きっとこの理不尽の前で黙ってなどいない。
料理が人の心を動かすなら。
その動いた心は、きっとわたくしのもとへ還ってくる。
(……皆さん。もう少しだけ待っていてください)
蒔いてきた種はあちこちで芽吹いていた。
それは宰相の巨大な権力にも決して潰せない——
人と人との確かな絆だった。
反撃の態勢は整いつつあった。
あとは——そのすべてを束ねる一手だけ。
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