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追放された令嬢ですが、前世は料理人でした ~辺境で餌付けしていたら、冷徹な旦那様に溺愛されています~  作者: P作
第3章 王都の腐った食卓

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第32話 動き出す歯車

ミレーユの自白は、証人たちによって確かに記録された。


国王暗殺の謀。宰相との共謀。料理長の手口。

——言い逃れのできない証言が揃った。あとはこれをいかにして国王の御前で突きつけるか。


「焦ってはなりません」


わたくしは集まった味方たちに慎重に説いた。

「相手は宰相。この国の政の頂点です。中途半端に動けば揉み消され、逆にわたくしたちが潰される。——確実に退路を断ってから、一気に仕掛けます」


マルクが深く頷いた。

「料理長の横流しの帳簿。薬草の仕入れの記録。それとミレーユ様の証言。これらがすべて一つに繋がれば……宰相とて言い逃れはできません」


少しずつ、けれど着実に。断罪への道筋が組み上がっていく。



けれど、敵も馬鹿ではなかった。

わたくしたちの動きを、宰相が嗅ぎつけたのだ。


ある日、わたくしのもとへ宰相からの使いが来た。

「一度お会いしてお話ししたい」と。

慇懃な、けれど有無を言わせぬ招待だった。


「罠かもしれん。行くな」と、アルヴィスは反対した。


けれど、わたくしは行くことにした。敵の本当の狙いを見極めるために。

——もちろん、アルヴィスと複数の証人を伴って。



宰相は、痩せた白髪の老人だった。


穏やかな笑みを絶やさない。けれど、その目の奥には底の見えない冷たい光が宿っていた。

一目で分かった。この男はミレーユや料理長とは格が違う。

本物の、怪物だ。


「ようこそ、辺境伯夫人。お噂はかねがね」


宰相はゆったりとわたくしを迎えた。


「あなたは実に興味深いお方だ。——食材の真価を見抜き、最高の形で引き出す。まるで、物の“本質”そのものが視えているかのように。……ただの料理上手では説明がつきませんな」


ぴくり、とわたくしは警戒した。

この男はわたくしの、《美食家の舌》の本質に気づいている。


「何が、おっしゃりたいのです?」


「いやなに」宰相は笑みを深めた。

「実は私も、古い文献を嗜む者でしてね。——“神の舌”という伝説を、ご存じか?」


心臓が跳ねた。書庫で読んだ、あの記録。

初代辺境伯。失われた、世界の理。


「あらゆる食物の真価を見通す力。それはただ料理を美味くするだけの力ではない。——古き伝承によれば、その力はこの世界の“理”そのものに触れる、鍵なのだとか。……あなたをひと目見たときから、私は確信していましたよ。あなたこそ、その、“神の舌”の継承者だ、と」



その言葉に、わたくしはようやくすべてを理解した。


宰相の本当の狙い。それはただの王位簒奪ではなかった。


「あなたは……国王を亡き者にして、傀儡を立てて。それで満足する人ではない。あなたが本当に欲しいのは——」


「ええ」宰相は初めてはっきりとその牙を覗かせた。

「“神の舌”の力です。この世界の理に触れ、それを意のままに操る絶大な力。王位など、そのほんの入り口にすぎない。——あなたのその力、ぜひ私のものにさせていただきたい」


ぞっとするほど、静かな声だった。


国王の暗殺も。宮廷の腐敗も。

すべてはこの男のもっと壮大で、もっとおぞましい野望の一部にすぎなかった。

世界の理を、その手に。

——それが、宰相の真の目的。


そして、その鍵が、わたくしの《美食家の舌》。


「お断りします」


わたくしはきっぱりと言い放った。


「わたくしの力は人を笑顔にするためのものです。あなたのような人の野望のために、使わせはしません」


「ふふ。——今はそれでよろしい」


宰相は不気味に微笑んだ。

「ですが、いずれあなたは私のもとへ来ることになる。自らの意志でね。……そう、なるように仕向けさせていただきますよ。辺境伯夫人」


その底冷えのする言葉を残して、会談は終わった。



帰り道。アルヴィスの腕にすがるように、わたくしは震える指を握りしめていた。


事はもはや、王都の宮廷だけの問題ではなかった。

わたくしの《美食家の舌》。わたくしの転生。

そして、初代辺境伯から続く“神の舌”の伝説。

——それらすべてが、宰相という巨大な悪意を通して、この世界の根源的な秘密へと繋がりはじめていた。


「……アルヴィス様。わたくし、もうただの料理人ではいられないのかもしれません」


「何があっても」


アルヴィスはわたくしの手を強く握り返した。


「おれがお前のそばにいる。お前がどんな“鍵”であろうと、お前はおれの妻だ。それだけは何があっても変わらん」


その揺るぎない言葉だけが、迫りくる巨大な闇を前に、唯一の確かな光だった。


宰相との決戦。国王暗殺の阻止。

そして、“神の舌”を巡る世界の秘密。


——すべてを賭けた戦いの火蓋が、今、切られようとしていた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

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