第31話 仮面の下
宰相の陰謀を暴く——そのためには、まず確たる証拠が要る。
噂や金の流れの不審だけでは、宰相のような大物は揺るがせない。
言い逃れのできない、決定的な証拠。それを掴まなければ。
わたくしは考えを巡らせた。陰謀の、いちばん弱い環はどこか。
宰相は慎重で、狡猾だ。簡単に尻尾は出さないだろう。
料理長も保身に長けている。
——では、誰がいちばん脇が甘いか。
答えは明らかだった。
(……ミレーユ様)
欲深く、見栄っ張りで、感情的。自分の地位に酔いしれている。
あの人なら油断もするし、口も滑る。
陰謀の綻びは、きっとそこから覗ける。
◇
機会は、ある夜会で巡ってきた。
王太子妃となったミレーユは、相変わらず贅を尽くした装いで社交界の中心に君臨していた。
けれど、わたくしの料理が王都で評判になるにつれ、彼女の機嫌は日に日に悪くなっているという。
自分より、追放したはずの令嬢がもてはやされる。それが我慢ならないのだろう。
夜会の途中、人気のないテラスへ。
わたくしはわざとミレーユと二人きりになる状況を作った。
案の定、ミレーユはわたくしを見るなり、扇の陰で顔を歪めた。
「……いい気に、なっていらっしゃるのね、セレスティア様。料理だか何だか知りませんけれど、所賤は下賤な厨房仕事。それをありがたがる方々の気が知れませんわ」
「あら。下賤なお仕事の料理を、陛下も楽しみにしてくださっていますけれど」
「っ……! 陛下、陛下、と。——せいぜい今のうちですわよ。陛下のご威光も、いつまで続くやら」
ぴくり、とわたくしは内心で反応した。——来た。
「あら。それはどういう意味でしょう?」
「……ふん。あなたには関係のないことですわ」
ミレーユは慌てて口をつぐんだ。
けれど、その目には隠しきれない優越の色がちらついていた。
何か自分だけが知っている大きな秘密を抱えている者の顔。
(……この人は秘密を抱えていることが苦しいのね)
わたくしは見て取った。ミレーユは優越に酔いたい人だ。
自分が誰より上にいると確かめずにはいられない。
けれど、その“切り札”を誰にも明かせず、ひとり抱えている。
——だったら、その劣等感をくすぐってやればいい。
「そうですか。では、わたくしの思い違いでしたわね」
わたくしはわざと憐れむように微笑んでみせた。
「てっきりミレーユ様は、何か大きな企てに関わっていらっしゃるのかと。……でも、違うのですね。あなたはただ王太子殿下の隣に飾られているだけ。何も知らされていない。——失礼いたしました、出すぎたことを」
「なっ……!」
ミレーユの白い頬が屈辱で真っ赤に染まった。図星だった。
彼女がいちばん言われたくない言葉。
——“ただの、お飾り”。
「……っ、飾り、ですって? わたくしが!? ——撤回なさい! わたくしはただのお人形なんかじゃありませんわ!」
「では、何だとおっしゃるんです?」
わたくしは静かに揺さぶりをかけた。
「……ご存じなのですね。陛下のお体が近頃優れないこと。そして、その理由も」
ミレーユの顔色がさっと変わった。
「な……っ、何を言って」
「薬湯に何かが混じっていること。それがどこから来て、誰の差配によるものか。——あなたはご存じのはずです。だって、あなた自身が、その筋書きの一部なのですから」
◇
「だ、黙りなさい!」
ミレーユが声を荒げた。可憐な仮面が剥がれ、その下から醜く歪んだ素顔が覗く。
「あなたごときに何が分かるというの! いいわ、教えてあげる! ええ、そうよ、あの老いぼれ王がいなくなれば! オルランド様が王になる! そうすれば、わたくしは——この国の、王妃よ! あなたみたいな捨てられた女とは、住む世界が違うの!」
激昂のあまり、ミレーユは決定的な言葉を口走っていた。
自らの欲と優越感に酔いしれて。
「宰相閣下もおっしゃっていたわ。わたくしは賢い、と。オルランド様をその気にさせ、邪魔者を排除する。それさえできれば、あとはすべて思いのまま。——あの料理長だって、わたくしと閣下の言いなりよ。誰もわたくしたちには逆らえない!」
——自白だった。
国王の暗殺。宰相との共謀。すべてを彼女はその口で語った。
勝ち誇りたい、優越に浸りたい、その浅ましい欲がすべての秘密を吐き出させたのだ。
わたくしは心の中で静かに息をついた。哀れな人だ、と思った。
宰相にとって、この人もまた使い捨ての駒にすぎないのに。その自覚すらなく。
「……教えてくださって、ありがとうございます、ミレーユ様」
わたくしが静かに礼を言うと、ミレーユははっと我に返ったように青ざめた。
「な……っ、ま、まさか、あなた」
「ええ。しっかりと聞かせていただきました。——あなたの、その言葉」
そのとき、テラスの暗がりから人影が進み出てきた。一人ではない。複数の。
——わたくしがあらかじめ証人として忍ばせておいた、味方の貴族たち。
そして、マルク。
ミレーユの自白を、確かに聞き届けた証人たちが。
ミレーユの顔から、血の気が完全に引いていった。
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