第30話 毒の出どころ
国王が薬湯を断ってから、数日。
その効果はすぐに現れた。
あれほど土気色だった国王の顔に、わずかながら血の気が戻りはじめたのだ。
やはり間違いない。あの薬湯こそが国王を蝕む元凶だった。
けれど、それはほんの入り口にすぎなかった。
本当に暴くべきは——その薬湯に誰が、何のために毒を仕込んでいたのか。その出どころだ。
「マルク。あなた方の知る限りで構いません。あの薬湯がどこで、誰の手によって用意されているのか。——調べる手立てはありませんか」
◇
マルクと、宮廷を追われた料理人たちの地道な調査が始まった。
彼らはまだ宮廷に残る、信頼できる元同僚たちに密かに接触した。
厨房の出入りの記録。薬湯に使われる薬草の仕入れ先。それを扱う商人の名。
——一つひとつ、糸を手繰るようにたどっていく。
そして数日後、マルクが青ざめた顔で報告に来た。
「セレスティア様。……薬湯に使われている薬草の出どころが分かりました」
彼が口にした商会の名に、わたくしは思わず息を呑んだ。
「——バルトロス商会」
辺境でわたくしたちをあれほど苦しめた、あの巨大商会。
それが王都で、国王の薬湯の薬草を納めていた。
「やはり、繋がっていましたか」
点と点が、また一つ線になる。
バルトロス商会は王都に太いパイプを持つと聞いていた。
そのパイプの先が——宮廷の、この陰謀に繋がっていたのだ。
◇
さらに、調査は思いがけない方向へと進んでいった。
薬草を仕入れるその費用。横流しされた宮廷の食材費。
それらの不自然な金の流れを追っていくと——たどり着いたのは、ある一人の人物の名だった。
「……宰相、ですって?」
報告を聞いて、わたくしは眉をひそめた。
この国の政の頂点に立つ、宰相。
料理長を操っていたミレーユ。そのさらに後ろ。
マルクが「得体の知れない何か」と呼んだ、その正体。
それが——宰相だというのか。
「金の流れは、すべて宰相閣下の息のかかった者へと集まっています」と、マルク。
「料理長の横流しも、薬草の仕入れも、すべて宰相の差配のもとに。……おそらく、ミレーユ様は宰相と王太子殿下を繋ぐための駒。料理長は、宰相が宮廷の食を握るための手先。すべては宰相が糸を引いている」
ぞくり、と寒気が走った。
宰相が国王をゆっくりと弱らせている。それは何を意味するのか。
——王が病で倒れれば。あるいは崩御すれば。
次に立つのは、王太子オルランド。そして、その妃はミレーユ。
さらに、その後見に宰相がぴたりと寄り添っている。
「……王の、簒奪」
わたくしは、そのおぞましい結論にたどり着いた。
宰相は無能な王太子と欲深いミレーユを傀儡として操り、自らがこの国の真の支配者になろうとしている。
そのために邪魔な国王を毒でゆっくりと亡き者にしようとしている。
——食を、凶器に変えて。
◇
「アルヴィス様」
その夜、わたくしは調べ上げたことのすべてをアルヴィスに打ち明けた。
聞き終えた彼の顔は、かつてないほど険しかった。
「……宰相が黒幕か。事はここまで大きかったか」
「ええ。——もうただの料理の話ではありません。これは国の根幹を揺るがす謀反です。わたくしたちはとんでもないものに足を踏み入れてしまった」
「引くか?」
アルヴィスの問いはわたくしを試すものではなかった。
本気でわたくしの身を案じてのものだった。
わたくしは首を横に振った。
「引けません。——だって、もう知ってしまったんですもの。一国の王が毒されているのを。食が人を生かすためでなく、殺すために使われているのを。料理を愛する者として、それを見過ごすことなどできません」
そして、わたくしはまっすぐにアルヴィスを見た。
「それに……これはわたくしたちにとっても好機です。宰相を、ミレーユを、料理長を。——わたくしを侮り、辺境を苦しめ、王を弱らせた、その元凶のすべてを。証拠とともに白日のもとに引きずり出す。そのときが、来たんです」
アルヴィスはしばらくわたくしを見つめ——そしてふっと頼もしげに口の端を上げた。
「……ああ。お前の言う通りだ。やるなら徹底的に、だ。おれのすべてを賭けてお前を守り、奴らを討つ」
二人の決意が、固く重なった。
宰相の巨大な陰謀。それに辺境から来た、たった二人が立ち向かう。
——無謀かもしれない。
けれど、わたくしたちには確かな“武器”があった。
真真を見抜く、《美食家の舌》。
集いはじめた、心ある味方たち。
そして——どんな権力にも屈しない、料理への誇り。
決戦の舞台は整いつつあった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
続きが気になったら、評価とブックマークで応援いただけると執筆の励みになります!




