第29話 王の異変
国王の不調を、食の側から探る。——そう決めたものの、王宮の厨房は、料理長の支配下にある。容易には、近づけない。
けれど、わたくしには、強い味方ができていた。マルクと、宮廷を追われた料理人たち。彼らの伝手を頼り、わたくしは、ある一つの情報にたどり着いた。国王の不調を、食の側から探る。
——そう決めたものの、王宮の厨房は料理長の支配下にある。容易には近づけない。
けれど、わたくしには強い味方ができていた。マルクと、宮廷を追われた料理人たち。
彼らの伝手を頼り、わたくしはある一つの情報にたどり着いた。
国王の食事は、近頃ごく限られた者の手だけで用意されているのだという。
料理長と、その腹心の数人。
毒見役さえ決まった者に固定され、他の者は一切関わらせない。
「……おかしいですね」
わたくしは眉をひそめた。
「国王の食事は本来、何重もの監視のもとで作られるはず。それを、ごく一部の者だけで囲い込んでいる。——まるで、何かを隠すように」
◇
転機は思わぬ形で訪れた。
晩餐会での評判を聞きつけた国王が、わたくしを私的な茶会に招いたのだ。
病で公の場に出られない国王が、わざわざ。それは異例のことだった。
通された、国王の私室。
間近で見る国王は、晩餐会のときよりもさらに衰えて見えた。
痩せ細った手。土気色の肌。
けれど、その目はわたくしを見てかすかに和らいだ。
「よく来てくれた、辺境伯夫人。……あの夜の、そなたの料理が忘れられなくてな。久方ぶりに食事が喉を通った。あれから、どうにもまたあの味が恋しくて」
国王は痩せた手でわたくしに椅子を勧めた。そして、ぽつり、ぽつりと語りはじめた。
「……このところ、誰もが余に心にもないことばかり申すのだ。『ご気分はいかがか』『お元気そうで何より』とな。皆、余の顔色を窺い、機嫌を取ることしか考えておらん。……そなたは違ったな。あの晩餐会で、宮廷の料理を堂々と『ひどい』と言い切った。あれには驚いたが……同時に清々しかった。久しく忘れていた、まことのことをまっすぐに言う者のありがたさを」
その声に滲む深い孤独に、わたくしは胸を打たれた。
一国の頂点に立ちながら、心を許せる者もなくゆっくりと弱っていく老王。
その姿は、どこか出会った頃の孤独だったアルヴィスにも重なって見えた。
「光栄に存じます、陛下。——よろしければ、今、何かお作りしましょうか」
「おお、そうしてくれるか」
国王の許しを得て、わたくしは私室に併設された小さな調理場に立った。
そして——その機会を逃さなかった。
調理をしながら、わたくしはさりげなく、国王が普段口にしているという薬湯や滋養の品に《美食家の舌》を向けた。
そして——気づいた。
(……これだ)
国王が毎日欠かさず飲んでいるという、一杯の薬湯。
それをほんの少し指先で確かめた瞬間、《美食家の舌》がはっきりと告げた。
この中に、本来あるべきでない“何か”が混じっている。
それは毒、というほど露骨なものではなかった。即効性もない。
ただ——ごく微量、長く飲み続ければじわじわと体から精気を奪い、衰弱させていく。
そういうたちの悪い遅効性の何かが、滋養の薬湯に偽装して、毎日国王の口に運ばれていた。
背筋が凍りついた。
やはり、そうだった。
国王の不調は病でも、老いでもない。
——誰かが意図して、ゆっくりと王を弱らせている。
◇
「陛下」
わたくしは平静を装いながら、慎重に切り出した。
「差し出がましいようですが……陛下が毎日召し上がっている、このお薬湯。少々、お体に合っていないようにお見受けします。しばらく、お控えになってはいかがでしょうか」
「ふむ? これは侍医が滋養にと処方してくれたものだが……。だが、確かにこれを飲みはじめてから、どうも体の調子が優れぬようになった気もする」
国王は不思議そうに薬湯の椀を見つめた。
「そなたがそう言うなら……試しに、しばらくやめてみるとしよう。なに、そなたの料理を食べていれば、滋養など十分すぎるほどだ」
「ありがとうございます。——どうか、お体を大切になさってください」
笑顔で応じながら、わたくしの胸の中は嵐のようだった。
国王を毒している者がいる。それも侍医すら絡んでいるかもしれない。
これは宮廷の食の腐敗などという生易しい話ではない。
——王の、暗殺。
この国の根観を揺るがす大逆の陰謀が、静かに進行しているのだ。
そして、その陰謀の影に——料理長が、ミレーユが、そしてその背後の“誰か”が繋がっているのだとしたら。
(……とんでもないことに首を突っ込んでしまったのかもしれない)
それでも。
弱り、苦しむ国王の姿を見てしまった以上。
食を司る者として、そして人として、見過ごすことなどできなかった。
わたくしは密かに決意を固めた。この陰謀の正体を暴く。
——たとえ、その先にどんな危険が待っていようとも。
国王の食事は、近頃、ごく限られた者の手だけで、用意されているのだという。料理長と、その腹心の、数人。毒見役さえ、決まった者に固定され、他の者は、一切、関わらせない。
「……おかしいですね」
わたくしは、眉をひそめた。「国王の食事は、本来、何重もの監視のもとで作られるはず。それを、ごく一部の者だけで囲い込んでいる。——まるで、何かを、隠すように」
◇
転機は、思わぬ形で、訪れた。
晩餐会での評判を聞きつけた国王が、わたくしを、私的な茶会に招いたのだ。病で公の場に出られない国王が、わざわざ。それは、異例のことだった。
通された、国王の私室。間近で見る国王は、晩餐会のときよりも、さらに、衰えて見えた。痩せ細った手。土気色の肌。けれど、その目は、わたくしを見て、かすかに和らいだ。
「よく、来てくれた、辺境伯夫人。……あの夜の、そなたの料理が、忘れられなくてな。久方ぶりに、食事が、喉を通った。あれから、どうにもまた、あの味が恋しくて」
国王は、痩せた手でわたくしに、椅子を勧めた。そして、ぽつり、ぽつりと、語りはじめた。
「……このところ、誰もが、余に、心にもないことばかり、申すのだ。『ご気分はいかがか』『お元気そうで何より』とな。皆、余の顔色を窺い、機嫌を取ることしか、考えておらん。……そなたは、違ったな。あの晩餐会で、宮廷の料理を、堂々と『ひどい』と言い切った。あれには、驚いたが……同時に、清々しかった。久しく、忘れていた。まことのことを、まっすぐに言う者の、ありがたさを」
その声に滲む深い孤独に、わたくしは、胸を打たれた。一国の頂点に立ちながら、心を許せる者もなく、ゆっくりと弱っていく老王。その姿は、どこか、出会った頃の、孤独だったアルヴィスにも重なって見えた。
「光栄に存じます、陛下。——よろしければ、今、何か、お作りしましょうか」
「おお、そうしてくれるか」
国王の許しを得て、わたくしは、私室に併設された、小さな調理場に立った。そして——その機会を、逃さなかった。
調理をしながら、わたくしは、さりげなく、国王が普段口にしているという、薬湯や、滋養の品に、《美食家の舌》を、向けた。
そして——気づいた。
(……これだ)
国王が、毎日、欠かさず飲んでいるという、一杯の薬湯。それをほんの少し、指先で確かめた瞬間、《美食家の舌》が、はっきりと、告げた。この中に、本来あるべきでない、“何か”が、混じっている。
それは、毒、というほど、露骨なものではなかった。即効性もない。ただ——ごく微量、長く飲み続ければ、じわじわと、体から精気を奪い、衰弱させていく。そういう、たちの悪い遅効性の何かが、滋養の薬湯に偽装して、毎日、国王の口に、運ばれていた。
背筋が、凍りついた。
やはり、そうだった。国王の不調は、病でも、老いでもない。——誰かが、意図して、ゆっくりと、王を、弱らせている。
◇
「陛下」
わたくしは、平静を装いながら、慎重に、切り出した。
「差し出がましいようですが……陛下が、毎日召し上がっている、このお薬湯。少々、お体に、合っていないように、お見受けします。しばらく、お控えになっては、いかがでしょうか」
「ふむ? これは、侍医が、滋養にと、処方してくれたものだが……。だが、確かに、これを飲みはじめてから、どうも体の調子が、優れぬようになった気も、する」
国王は、不思議そうに、薬湯の椀を見つめた。
「そなたが、そう言うなら……試しに、しばらく、やめてみるとしよう。なに、そなたの料理を食べていれば、滋養など、十分すぎるほどだ」
「ありがとうございます。——どうか、お体を、大切になさってください」
笑顔で応じながら、わたくしの胸の中は、嵐のようだった。
国王を、毒している者がいる。それも、侍医すら、絡んでいるかもしれない。これは、宮廷の食の腐敗などという、生易しい話ではない。——王の、暗殺。この国の根幹を揺るがす、大逆の陰謀が、静かに、進行しているのだ。
そして、その陰謀の影に——料理長が、ミレーユが、そして、その背後の“誰か”が、繋がっているのだとしたら。
(……とんでもないことに、首を、突っ込んでしまったのかもしれない)
それでも。
弱り、苦しむ国王の姿を、見てしまった以上。食を司る者として、そして、人として、見過ごすことなど、できなかった。
わたくしは、密かに、決意を固めた。この陰謀の、正体を暴く。——たとえ、その先に、どんな、危険が待っていようとも。
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