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追放された令嬢ですが、前世は料理人でした ~辺境で餌付けしていたら、冷徹な旦那様に溺愛されています~  作者: P作
第3章 王都の腐った食卓

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第26話 料理対決、開戦

王宮の厨房に、二つの調理台が並べて据えられた。


片方には宮廷料理長。もう片方に、わたくし。

広間から移ってきた諸侯たちが、ぐるりと二人を取り囲む。

固唾を呑んで見守る、無数の視線。その奥には、運び込まれた椅子に腰掛けた国王の姿もあった。


「では、始め!」


審判役の貴族が声を上げた。


料理長はふんぞり返ったまま、宮廷の最高級食材をずらりと並べさせた。

きらびやかな肉、珍しい香辛料、高価な果実。それを自慢げに見せつけながら調理を始める。


わたくしは持参したヴァルドの食材を調理台に並べた。

芋。豆。魚醤。燻製肉。乾物。

——どれも素朴で、地味な品ばかり。

それを見て、周囲から忍び笑いが漏れた。


「あれが辺境の食材か。なんともみすぼらしい」

「あんなもので宮廷料理長に挑むとは。身の程知らずな」


侮りの声。けれど、わたくしは気にも留めなかった。

料理は食材の値段で決まるものじゃない。それを今から証明するのだから。


むしろ、この“みすぼらしい”食材たちが誇らしかった。

これはヴァルドの村人たちが汗水たらして育て、海から獲り、丹精込めて仕込んだ、本物の恵み。

一つひとつに、再生の物語が宿っている。

王宮の金で買い集めた高級食材なんかには決して負けない。

この子たちの“真価”を、最高の形で引き出すのがわたくしの務めだ。



調理を始めてすぐ、わたくしは妙なことに気がついた。


持参したはずの塩の壺が見当たらない。

代わりに置かれていたのは——明らかにわたくしのものではない、別の壺。

指先につけて舐めてみる。


(……これは)


《美食家の舌》が即座に見抜いた。

塩ではない。

それもただの別物ではなく——大量に入れれば、料理を台無しにするほどの強い苦味を持つ薬品。

すり替えられている。


ちらりと料理長を見ると、彼はにやにやとこちらを盗み見ていた。

間違いない。彼の差し金だ。

わたくしがそれと気づかず使えば、料理は苦くて食べられない代物になる。

最初からまともに勝負する気などないのだ。


(……卑怯な)


腹の底に静かな怒りが湧いた。けれど、わたくしは顔色ひとつ変えなかった。

むしろ、心の中でふっと笑った。


(残念でした。——わたくしの舌はごまかせません)


すり替えられた壺をそっと脇へ避ける。

塩がないなら、ないでやりようはある。

魚醤がある。乾物の出汁がある。

それらで塩気も旨味も十分に補える。むしろ、より深い味わいになる。

妨害は、かえってわたくしの料理を研ぎ澄ます好機に変わった。


ここで「すり替えられた」と騒ぎ立てることもできた。けれど、わたくしはしなかった。


証拠もなく騒げば、見苦しい言い訳と取られかねない。

何より——この程度の妨害を料理で真正面から跳ね返してこそ。

誰の目にも明らかな“結果”で勝ってこそ、ミレーユたちの卑劣さはいっそう惨めに際立つ。

告発は勝った後でいい。


見物人の中にアルヴィスの姿があった。

彼は料理長のにやけた顔と、脇へ避けられた壺に気づいたのだろう。

鋭い目で料理長を睨みつけている。

けれど、わたくしと目が合うと——その表情がふっと和らいだ。

「お前を信じている」と、言うように、小さく頷いてくれる。


その視線だけで十分だった。わたくしは静かに調理に集中した。



わたくしは黙々と手を動かした。


芋は丁寧に灰汁を抜き、じっくりと甘みを引き出す。

豆はことことと優しく煮込む。

魚醤は、使い方を誤れば、料理を茶色く濁らせる。

けれど、前世仕込みの、執拗なまでの灰汁取りと、火加減。それを尽くせば、澄んだ、黄金色の出汁になる。

かつて、王宮の食卓で、わたくしが焦がれた、あの“澄んだ琥珀色”。

彼らが失い、捨て去った理想の一杯を。

今、この辺境の恵みで、完璧な形でよみがえらせる。

燻製肉を薄く削いで、香りと旨味を、重ねていく。


一つひとつの工程に《美食家の舌》の導きと、前世から積み上げたすべての技術と真心を込める。


向かいの料理長は最高級食材をこれ見よがしに派手に扱っていた。

けれど——その手つきを、《美食家の舌》は冷静に分析していた。

火を入れすぎて肉の旨味を逃している。

香辛料をただ大量に振るだけで素材と喧嘩させている。

高価な食材を使いながら、その価値を半分も引き出せていない。

豪華なだけの、張りぼての料理。


対して、わたくしの調理台からは、素朴で、けれどたまらなく食欲をそそる、あたたかい香りが立ちのぼりはじめていた。


魚醤と乾物の出汁がふつふつと煮立ち、複雑で深い旨味の湯気をゆらゆらと立ちのぼらせる。

そこへ、甘く煮えた芋のほっこりとした香り。

燻製肉の香ばしい薫香。

それらが溶け合って、嗅いだだけでお腹の奥がきゅうっと鳴るような、滋味あふれる匂いが煌びやかな王宮の厨房を優しく満たしていく。


それは豪華な香辛料の、つんと刺すような匂いとはまるで違った。

人の心のいちばん深いところにすっと染み入ってくるような——“ごちそう”の、匂い。


ふと、見物していた貴族の一人が、ごくりと喉を鳴らすのが聞こえた。


「……なんだ、あのいい匂いは」

「辺境の食材のほうから漂ってくるぞ……?」


ざわめきが変わりはじめる。

侮りから、戸惑いへ。

そして——抑えきれない、期待へと。


料理長の額にじわりと汗が滲んだ。

彼にも分かったのだ。

自分の豪華な料理よりも、辺境の素朴な鍋のほうがずっと人の食欲を惹きつけていることに。


「……っ、おい、まだか! 早くしろ!」


苛立った声で料理長が部下を急かす。その焦りがすべてを物語っていた。


やがて、二つの料理が仕上がっていく。

豪華絢爛な宮廷料理長の皿。

そして、素朴で滋味あふれる、わたくしの一皿。


——審判の時が来た。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


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