第25話 ミレーユの挑戦
国王の許しを得て、わたくしが厨房へ向かおうとした、その時だった。
「——お待ちになって」
甲高い声が広間に響いた。扇を手にした、ミレーユだった。
彼女はしゃなりと進み出ると、勝ち誇ったような笑みを浮かべて、わたくしの前に立ちはだかった。
「セレスティア様。あなた、ずいぶんと自信がおありのようですわね。宮廷の料理を“ひどい”だなんて、よくも言えたものです」
「事実を申し上げただけですわ」
「まあ、こわい。——でしたら、こうしませんこと?」
ミレーユは扇で口元を隠し、ちらりと上座のオルランドを見た。何か、示し合わせたような、その視線。
「ただ、あなたが一人で料理を作って『おいしいでしょう』と言うだけでは芸がありませんわ。それでは自慢にしかなりません。——だから、勝負をいたしましょう。あなたと、宮廷の料理長で。どちらの料理が優れているか、皆様に判じていただくんです」
ざわ、と広間が沸いた。料理対決。公衆の面前での、真っ向勝負。
「宮廷の料理長は、この国で最も腕の立つ料理人。それに、あなたが勝てるとお思い? もし負ければ——その思い上がった鼻もへし折れるというものですわ。ほほほ」
それは明らかな罠だった。
ミレーユの息のかかった料理長。その料理長を公の場で勝たせ、わたくしに恥をかかせる。
「辺境伯夫人は大口を叩いたが、宮廷の料理長に負けた」
——そう諸侯の前で印象づける、わたくしを貶めるための筋書き。
◇
アルヴィスがわたくしの耳元で低く囁いた。
「……断ってもいい。明らかに仕組まれている。料理長とやらが、公正に裁かれる保証もない」
確かにその通りだった。
審判がミレーユ側に買収されていれば、どんなに良い料理を作ろうとわたくしの負けにされる。
受けるにはリスクが大きすぎる勝負。
けれど。
わたくしはミレーユの勝ち誇った顔を見つめた。
そして、広間中の固唾を呑んで見守る貴族たちの顔を。
さらに——病み衰えながらも、じっとこちらを見つめる国王の顔を。
(……いいえ。これは好機だわ)
逃げれば「やはり口だけだった」と侮られる。
けれど、受けて勝てば——この王都中の有力者が集まる場で、わたくしの料理が本物だと証明できる。
ミレーユの鼻を明かし、宮廷の腐敗に最初の楔を打ち込める。
審判が買収されている?
——ならば、その審判すらねじ伏せるほど、圧倒的な料理を作ればいい。
誰の目にも、誰の舌にも、文句のつけようがないほどの本物を。
「——お受けいたします」
わたくしはにっこりと微笑んだ。
ミレーユの顔が一瞬ひるんだようにこわばった。
きっと断るか、しどろもどろになると踏んでいたのだろう。
こんなにもあっさりと受けて立つとは。
「ただし」
わたくしは続けた。
「使う食材は、わたくしが持参したものを遣わせていただきます。——辺境ヴァルドの恵みを」
「辺境の食材ですって? ……ふん、好きになさい。どうせ貧しい田舎の粗末な食材でしょう。宮廷の最高級食材を使う料理長に勝てるはずが——」
「ええ。それで構いません」
わたくしは静かに、しかし確信を持って言い切った。
「最高級の食材を雑に扱った料理。——そして、素朴な食材を丁寧に真心込めて仕上げた料理。どちらが“本物”か。皆様の舌に判じていただきましょう」
◇
ミレーユの呼びかけに応じて、広間に一人の男が進み出てきた。
宮廷料理長。
でっぷりと太った体に高価そうな装いをまとい、いかいにも尊大な顔つきをしている。
彼はわたくしを鼻で笑った。
「これはこれは。辺境の奥方様が、料理でこの私に挑むと? ……身の程知らずもいいところだ。私は五人の王に仕えてきた、宮廷一の料理人。田舎で芋でも焼いていた素人とは格が違うのですよ」
その尊大な物言いに、《美食家の舌》がひとりでに彼の“腕”を見抜いていた。
立ち居振る舞い、指先の使い方、漂わせる雰囲気。
——なるほど、確かに基礎はできている。
けれど、それだけ。
長く権力に守られ、本気で腕を磨くことを忘れた、“過去の人”の手だ。
プライドばかりが肥え太り、肝心の味への探求心はとうの昔に枯れている。
(……この人は怖くない)
わたくしは確信した。
腕の善し悪し以前に、この人はもう料理を“愛していない”。
横流しに加担し、手を抜き、地位にあぐらをかく。そんな手から人の心を打つ一皿が生まれるはずがない。
「ええ、格が違いますわ」
わたくしはにっこりと微笑んだ。
「——お料理に向き合う、心が」
料理長の顔がぴくりと引きつった。
こうして王宮の大広間で、辺境伯夫人セレスティアと宮廷料理長による、前代未聞の“料理対決”が行われることになった。
審判は晩餐会に集った諸侯と貴婦人たち。
そして——その頂点に座す、国王その人。
ミレーユは自信満々に扇を揺らしている。
仕組まれた勝負。買収された審判。圧倒的に有利な料理長。負ける要素など何もないと思っているのだろう。
けれど、わたくしの胸にあったのは不安ではなく、静かな闘志だった。
(……見ていてください、ミレーユ様。それから、オルランド殿下も)
腕まくりをして、わたくしは厨房へと向かう。
(あなた方が“粗末”と侮る、この辺境の恵みが。——あなた方の“最高級”を、完膚なきまでに打ち負かすところを)
運命の料理対決。その火蓋が今、切られようとしていた。
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