第24話 大晩餐会
晩餐会の夜が、来た。
王宮の大広間はまばゆいシャンデリアの光に満ち、着飾った諸侯や貴婦人たちで埋め尽くされていた。
一年前、わたくしが大勢の前で婚約を破棄され、すべてを失った、まさにその場所。
けれど、今夜のわたくしはあのときとは違う。
辺境伯夫人としての、品のいいドレス。
隣には、凛々しく正装したアルヴィス。
彼に手を取られ、広間へ足を踏み入れた瞬間——ざわり、と貴族たちの視線がいっせいにこちらへ集まった。
「あれが、噂の……?」
「出来損ないと追放された、ルクレツィアの令嬢では」
「それが、なぜ辺境伯夫人に……」
無遠慮な囁きが、あちこから漏れ聞こえる。
好奇と、侮りと、嘲りの混じった視線。
けれどわたくしは、もうそれに怯みはしなかった。
背筋を伸ばし、堂々と前を見て歩く。
その囁きが聞こえたのだろう。
アルヴィスがふと足を止め、広間をぐるりと見渡した。
そして、誰にともなく、けれどよく通る声で言い放った。
「妙な噂が流れているようだ。——だが、訂正しておこう。我が妻セレスティアは辺境ヴァルドを飢えから救い、痩せた大地に再び実りをもたらした。出来損ないどころか、おれが生涯をかけて守るに値する、唯一無二の女だ。侮辱はおれが許さん」
凛とした、領主の宣言。
その威に、囁いていた貴族たちが気まずそうに口をつぐむ。
わたくしは頬が熱くなるのを感じながら、彼の隣でそっと背筋を伸ばした。
——ああ、本当に。この人はいつだってまっすぐにわたくしを守ってくれる。
◇
「これはこれは。辺境伯と、その奥方ではないか」
ねっとりとした声で近づいてきたのは、恰幅のいい中年の貴族だった。
いかにも宮廷で甘い汁を吸ってきた、という風体。
彼はわたくしを上から下まで、無遠慮に眺め回した。
「いやはや、驚いた。出来損ないと評判だった令嬢が、こうして立派に着飾っておられるとは。辺境というのは、よほど人を選ばぬ土地と見える。ははは!」
周囲の貴族たちから追従の笑いが起こる。あからさまな侮辱だった。
アルヴィスの眉がぴくりと動き、その手が拳が握られる。
わたくしはそっと彼の腕に手を添えて制した。大丈夫、と。
そして、にっこりと微笑んだ。
「あら。人を選ばぬどころか、辺境は“本物”しか生き残れない、厳しい土地ですわ。——ところで」
わたくしはちょうど給仕が運んできた、晩餐の皿に目を留めた。
「失礼ですが、このお料理。——ひどい出来栄えですわね」
その一言に、周囲がしん、と静まり返った。
◇
「な……っ、何を言い出すかと思えば!」
中年貴族が目を剥いた。「これは王宮の料理長が腕によりをかけた、最高級の料理だぞ! それをひどいだなんて!?」
「ええ。ひどい、です」
わたくしは臆することなく繰り返した。《美食家の舌》が、その皿の真実を克明に告げている。
「高級な香辛料でごまかしていますが、土台の出汁が雑です。素材の下処理もいい加減。火の入れ方にもムラがある。——何より、この食材。新鮮なものを使ったように見せかけていますが、実際は質の落ちたものを味付けで覆い隠している。本来の値打ちの半分も引き出せていません」
ひと匙口に運んだだけで、《美食家の舌》は、その皿が辿ってきた道のりをすべて見通していた。
いつ仕入れられ、どう保管され、どこで手を抜かれたか。
料理は嘘をつけない。
作り手の怠慢も、食材の経歴も、ぜんぶ味に刻まれてしまう。
そして、この皿に刻まれていたのは——ごまかしと、手抜きと、どこか後ろ暗い食材の出どころだった。
ぴたりと言い当てられ、給仕の顔が青ざめた。マルクの言っていた、横流し。質の悪い食材。それがはっきりと料理に表れていた。
「で、でたらめを言うな! 貴様に何が分かる!」
「分かりますとも。——では、証明いたしましょうか」
わたくしはすっと顔を上げた。広間中の視線がわたくしに集まっている。
これこそ、わたくしが待っていた瞬間だった。罠の舞台をこちらのものにする、好機。
「わたくしに少々厨房をお貸しいただけませんか。今、この場でお見せします。——同じ食材から、“本物”の料理がどういうものかを」
ざわり、と広間が揺れた。
出すぎた真似だと眉をひそめる者。面白がる者。
そして——遠く上座のあたりで、その様子を苦々しげに睨みつける王太子オルランドと、扇で顔を隠したミレーユの姿があった。
「……いいだろう」
意外にも許可を出したのは、上座のさらに奥。
豪奢な椅子に腰掛けた、白髪の——この国の国王その人だった。
その顔色はぞっとするほど悪かった。
頬はこけ、唇は乾き、肌には生気がない。
玉座にもたれかかるその姿は一国の王というより、長く病に臥せった痩せた老人のようだった。
給仕が運ぶ料理にもほとんど手をつけていない。
——食べられないのか、それとも食べる気力もないのか。
それでいて、その目だけは奇妙に爛々と輝いて、わたくしを見つめている。
「辺境伯夫人。そなたの言う“本物”とやら、見せてもらおうではないか。——余の舌が、それを判じてやろう」
思いがけない、国王直々の言葉。わたくしは深く一礼した。
「——ありがたき幸せ。必ずやご満足いただけるものを、お作りいたします」
舞台は整った。
王都の、煌びやかな広間の真ん中で。
わたくしを嗤った者たちに、ひと皿で、思い知らせてみせる。
——その覚悟を、静かに、胸に灯した。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
続きが気になったら、評価とブックマークで応援いただけると執筆の励みになります!




