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追放された令嬢ですが、前世は料理人でした ~辺境で餌付けしていたら、冷徹な旦那様に溺愛されています~  作者: P作
第3章 王都の腐った食卓

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第23話 宮廷の凋落

王都は、記憶の中の姿のまま煌びやかにそびえていた。


白亜の王宮。整然と並ぶ貴族の邸宅。

けれど近づいてよく見れば、その華やかさの裏に確かな“ほころび”が滲んでいた。

手入れの行き届かない庭園。どこか覇気のない、行き交う人々。

一年前の、あの活気はもうここにはなかった。


わたくしたちは、王宮にほど近い辺境伯家の古い別邸に身を落ち着けた。

晩餐会は三日後。それまでに、わたくしにはやっておきたいことがあった。


「セバスから聞いていた人を、訪ねてみます」



その人——マルクは、かつて宮廷の厨房で働いていた料理人だった。


わたくしが公爵令嬢だった頃、宮廷の晩餐で何度も言葉を交わした相手。

生真面目で、腕も確かな、信頼できる料理人。

けれど彼は今、宮廷を去り、王都の裏通りで小さな食堂をひっそりと営んでいるのだという。


訪ねていくと、マルクはわたくしの顔を見て、驚きに目を見開いた。


「セレスティア様……!? いえ、今は辺境伯夫人でいらっしゃいますね。まさか、あなたがわざわざこんなところへ」


「お久しぶりです、マルク。——少し、お話を聞かせていただけませんか。宮廷の、今のことを」


マルクの顔が、さっと曇った。

彼は店の奥へわたくしたちを通すと、声を潜めて語りはじめた。



「……正直に申し上げます。今の宮廷の厨房は、もうめちゃくちゃです」


絞り出すような声だった。


「あなたが——失礼ながら、セレスティア様が宮廷を去られてから、すべてがおかしくなりました。あなたは晩餐のたびに、わたしたちの料理に厳しい指摘をくださった。あの頃はそれが、正直、煙たくもありました。ですが……あなたがいなくなって、初めて分かったんです」


彼は両手をぎゅっと握りしめた。


「あなたの厳しい舌が、宮廷の食の“最後の砦”だった。あなたがいたから、わたしたちは緊張感を持って本物を作り続けられた。それがなくなった途端——厨房は緩みました。手を抜く者が増え、それを正す者がいなくなり、質は坂を転がるように落ちていった」


わたくしは静かに彼の言葉に耳を傾けた。


「そして——決定的だったのが、新しく宮廷に入ってきた料理長です」


「新しい、料理長?」


「ええ」

マルクの声が、憎々しげに低くなった。

「ミレーユ様……新しい王太子妃殿下が後ろ盾になって、送り込んできた男です。腕は大したことない。なのに口だけは達者で、上にへつらうのだけは得意でね。そいつが来てから、まともな料理人は次々と追い出されました。わたしもその一人です」



ミレーユ。


その名に、わたくしは奥歯を噛んだ。やはり、彼女が絡んでいる。


「料理長の座を、息のかかった者で固めて、何をしているんです?」


「……これは噂ですが」

マルクは一段と声を落とした。

「宮廷に納める食材の仕入れです。質の悪い食材を、高値で仕入れたことにして、その差額を懐に入れている……いわゆる、横流しです。料理の質が落ちたのは腕のせいだけじゃない。そもそも、まともな食材が厨房に回ってきていないんですよ。浮いた金がどこへ消えているのか……わたしには想像もつきませんが」


「その、食材を納めている商会の名は——分かりますか?」


ふと嫌な予感がして、わたくしは尋ねた。マルクは少し考えてから答えた。


「ええ。最近、宮廷への出入りをほぼ独占している商会がありましてね。確か……バルトロス商会、とか」


その名に、わたくしは思わず息を呑んだ。


バルトロス商会。

——あの名が、なぜここで。辺境で、わたくしたちを、あれほど苦しめた、あの巨大商会。

それが王都の、宮廷の奥にまで、根を張っているというの。


それを聞いて、わたくしの中で、点と点が繋がりはじめた。

辺境の小さな女主人を、執拗に潰しにかかったあの執念。あれはただの商売敵への嫌がらせ、ではなかったのかもしれない。

辺境での戦いと、この王都の腐敗。

——その二つが、一本の糸で、繋がろうとしている。


宮廷の食の凋落。横流しの噂。ミレーユの息のかかった料理長。そして、王都全体に広がる、食の貧困。

——これはただの料理人の質の問題なんかじゃない。

もっと根深い、組織的な“腐敗”が、宮廷の奥で進行している。


そして、その中心に、バルトロス商会がいる。

——おそらく、オルランド殿下も、ミレーユも。利用されているだけ。粗悪な品を高値で宮廷に納め、利権を貪り、国を、内側から静かに、食い尽くしていく。あの商会にとって、王国の食卓は、ただの、絞り取るための、畑にすぎないのかもしれない。

それまで黙って聞いていたアルヴィスが、静かに口を開いた。


「……話はよく分かった。だが、ひとつ気にかかる。マルク、お前ほどの腕の者が、なぜ宮廷に楯突いてまで、その横流しを暴こうとしない」


マルクは力なく首を振った。


「……家族がいるんです、辺境伯様。逆らえば、この店も潰される。それどころか、命の保証もない。料理長に逆らって宮廷を追われた者の中には……その後、行方知れずになった者もいるんです。わたしには守るものがある。だから、口をつぐむしか、なかった」


その告白に、わたくしは胸が痛んだ。

彼は臆病なのではない。ただ、大切なものを守ろうとしているだけ。

かつてのわたくしと同じように。


「マルク」


わたくしは彼の前に小さな包みを差し出した。持参していた、ヴァルドの燻製肉だった。


「食べてみてください。——これが、今、わたくしが作っている味です」


訝しげにひと口かじったマルクの目が、かっと見開かれた。


「……っ、これは……! なんて深い味だ……。こんなもの、今の宮廷では逆立ちしたって作れない……!」


「辺境ヴァルドは変わりました。飢えた土地が、今ではこれを作れるまでになった。——マルク。もし、あなたがその腕をまっとうに振るえる場所を求めるなら。いつでもヴァルドへいらしてください。あなたのような料理人を、わたくしは心から歓迎します」


マルクは燻製肉を握りしめたまま、しばらく言葉を失っていた。

その目に諦めの色とは違う何か——久しく忘れていた、希望のような光が、ほのかに灯った気がした。


「……セレスティア様」


「無理にとは言いません。でも、覚えていてください。あなたにはちゃんと行き場所がある、ということを」



「セレスティア様。……どうかお気をつけください」


別れ際、マルクはすがるような目でわたくしを見つめた。

「今の宮廷は、あなたが知っていた頃とは違う。料理長の後ろにはミレーユ様が。そして、そのさらに後ろには——もっと得体の知れない“何か”がいる気がするんです」


その言葉が、胸に不吉な影を落とした。

得体の知れない、何か。

——書庫で読んだ、あの古い記録の一文が、また頭の奥で囁いた気がした。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


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