第22話 王都へ続く道
王都への旅は、馬車で五日の道のりだった。
一年前、わたくしが捨てられるように辺境へ向かったのと、まったく逆の道。
あのときは絶望に沈み、一人きりで震えていた。
けれど今は——隣に、アルヴィスがいる。
「……何を、考えている」
向かいに座るアルヴィスが、ふと口を開いた。
「いえ。ちょうど一年前、この道を逆向きに通ったな、と。あのときはお先真っ暗で、泣きそうだったんですけれど」
「今は?」
問われて、わたくしは少し考えてから、微笑んだ。
「今は……不思議と、怖くありません。これから王宮で何が待ち受けているか分からないのに。きっと、隣にあなたがいてくださるから、ですね」
その言葉に、アルヴィスはふっと目を逸らした。
耳の端がほんのり赤い。
氷の死神と恐れられる男の、こういう不器用な反応が、わたくしはたまらなく好きだった。
◇
旅の道中は穏やかだった。
野営の夜、わたくしは持参した食材で簡単な料理をこしらえた。
焚き火を囲んで二人で食べる、素朴な夕食。
けれどそれは、王宮のどんな豪華な晩餐よりも、あたたかく満たされる時間だった。
「……うまいな」
ぽつりと、アルヴィスが言う。
彼がわたくしの料理をこうして素真に「うまい」と言ってくれるようになったのは、いつからだろう。
出会った頃のあの凍りついた無表情を思えば、まるで別人のようだった。
「アルヴィス様。お行儀が悪いですけれど、外で食べるごはんって、どうしてこんなに美味しいんでしょうね」
「お前と、食べているからだろう」
さらりと言われて、今度はわたくしの頬が熱くなった。
「……アルヴィス様。最近、そういうことをさらっと仰いますよね。出会った頃はあんなに無口だったのに」
「……お前が、おれを変えたんだ」
彼は焚き火に視線を落としたまま、ぽつりと言った。
「お前と過ごすうちに、言葉が……自然と出るようになった。昔は誰かに何かを伝えたいと思うことすら、なかったからな」
その言葉に、胸がきゅうっと締めつけられた。
この人の凍りついた心が、少しずつほどけていく。
その変化に自分が関われていることが、たまらなく嬉しかった。
夜空には、満天の星。
パチパチと爆ぜる、焚き火の音。
穏やかで、優しくて——できるなら、このままずっと続けばいいと思えるような、そんな旅路。
けれど、王都が近づくにつれて、その穏やかさは少しずつ影を帯びていった。
◇
王都の手前の、最後の宿場町に着いたとき。
わたくしはその変わりように、言葉を失った。
一年前——わたくしの知っている王都周辺は、王国でもっとも豊かで、活気あふれる土地だった。
市場は物で溢れ、人々は華やかに着飾り、食堂からはひっきりなしに良い匂いが漂っていた。
それが、どうだろう。
通りを行く人々の顔はどこか青白く、生気がない。
市場に並ぶ品は目に見えて貧相になり、値段ばかりがやけに高い。
立ち寄った食堂で出された料理も——《美食家の舌》が即座に見抜いた。
質の悪い食材を、雑な技術で、ごまかしながら使っている。
かつての王都の食の華やかさは見る影もなかった。
「……ひどい。一年で、こんなにも」
わたくしは思わず呟いた。
立ち寄った食堂の親父が、わたくしたちが残した料理を見て、力なく頭を下げた。
「……すいませんね、こんな味で。昔はうちも、もう少しまともなもんを出せたんですがね」
彼は疲れた顔で、ぼやくように続けた。
「いい食材がまるで入ってこなくなっちまって。仕入れ値ばっかり上がって、味は落ちる。客も離れる。……宮廷があんなふうじゃ、しょうがねえのかもしれませんがね」
「宮廷が?」
「ええ。なんでも、王宮の食がここ一年ですっかり落ちぶれたって噂で。王様の御膳ですらひどいもんらしい。上がそうなりゃ、下も右へ倣えだ。食材を扱う商人も目利きをしなくなる。良いもんを作る職人から順に、食えなくなって辞めていく。……国全体の食卓が、まるごと痩せていくみてえでさあ」
その言葉が、ずしりと胸に響いた。
一軒の食堂の仗きは、この国全体の縮図だった。
これが、わたくしが去った後の王都。
宮廷の食が腐れば、それを真似る貴族の食卓も乱れ、やがて街全体の“食”の水準が、坂を転がるように落ちてっていく。
食は土地の健やかさを映す鏡。
この痩せた空気は、王都という心臓そのものが静かに病みはじめている証だった。
「アルヴィス様。これは……思っていたより、根が深いかもしれません」
「ああ」
アルヴィスも厳しい顔で、通りを見渡した。
「辺境が豊かになる一方で、王都がこれほど衰えているとは。……何かがこの国の中心で、確実に狂いはじめている」
一年前、わたくしを切り捨てた、煌びやかな王都。
その輝きが、こんなにも脆く崩れかけている。
胸に、複雑な思いがよぎった。
ざまぁ、と笑うにはあまりに痛々しい光景。
けれど同情するには、彼らがしたことはあまりにひどかった。
「……行きましょう」
わたくしは前を見据えた。
「この目で確かめます。王宮でいったい何が起きているのか。——その中心に、何が巣食っているのかを」
明日には、王都。
そして、運命の大晩餐会が待っている。
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